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2012年8月29日水曜日

FLY ME TO THE MOON


☆明後日の金曜日(2012 8/31)は満月です。それも今年7回目(陰暦)の満月なのです。

☆その日は月だけでなく夜空がとても豪華に彩られます。


☆日の入後、東から満月が昇ってきます。西の空には明るい星がふたつ、土星と火星。火星の方は赤い色をしているのですぐにわかるでしょう。(肉眼では見えないけれど冥王星や海王星、天王星も夜空にあります)

☆南の空より少し西の低いところに蠍座。宮沢賢治が最も愛した星座のひとつです。この星座の中にアンタレスという火星に負けず劣らず真っ赤な色の一等星があります。

☆東南の空、頭の上付近には白鳥座の北十字、尻尾には一等星のデネブ。琴座の織姫星ベガ。鷲座の牽牛星、アルタイル。この三つの星を結んで出来るのが有名な夏の大三角です。綺麗で暗い夜空のもとではこの夏の大三角から南の空の下、蠍座まで天の川が流れているのを観ることができるでしょう。

☆月の横にはペガサス座の”秋の大四方形”(ペガサスの翼の部分です)を観ることができます。夜空はもう秋の星座に変わりつつあります。


☆そして星は巡って翌日の明け方前、午前4時頃。

☆オリオン座(ベテルギュース、リゲル)、牡牛座(アルデバラン、プレアデス星団)、双子座(ポルックス、カストル)、ぎょしゃ座(カペラ)、大犬座(シリウス)、小犬座(プロキオン)など煌びやかな冬の星座の一団が東の空にあらわれます。その豪華な一等星たちの中で一際明るく、瞬きなしに輝いているのが金星(明けの明星)と木星です。

☆そして暫くすると日の出。太陽が水星を伴って東の空に現れます。

☆何か特別な天体ショーがあるわけではありませんが、今年7回目の満月と豪華な星たち。こんな夜はそう滅多に観られることはありません。西洋では夜空を眺めていて、星々があらゆる方向に揺れ動いたら『魔法の夜』といって誰かが魔法を使ったというらしいですが、なにか奇跡が起こるならきっとこんな夜です。


☆有名なジャズのスタンダード・ナンバーに『Fly me to the moon』という曲があります。元タイトルは『In Other Words』(言い換えると)。

☆満月が奇麗で、惑星も多く観ることのできる夜はこの曲を聞くのがピッタリきます。歌詞、知っていますか? ザーッと要訳するとこんな意味です。

「大切なことを言うために詩人は多くの言葉を使う。私もあなたに伝えるために詩と音楽を使ってみよう。あなたならその意味をわかってくれると思う」

☆これがイントロ部分。

☆そして次から有名な出だし”FLY ME TO THE MOON~♫”です。

「お願い! 私を月に連れていって。星々の中で歌わせて。木星や火星の春を眺めさせて」
「歌が心を満たして、ずっと歌っていたいの」

「つまり、言い換えると・・・手をつないでほしいの、キスしてほしい、あなたが好きなの」

☆・・・と、いう感じで、書いていて恥ずかしくなるようなカワイイ歌詞の”告白”の歌なのですね。まあ、一生に一回くらいは女の子にこんなことを言われてみたいものです。(笑)

☆殺伐とした嫌なニュースが多い昨今、次の満月の日は何処かで誰かがこんな夜になればいいなあと思ってしまいます。



2012年8月23日木曜日

月の船


★明日、8月24日(2012)は七夕です。

★「ああ、旧暦の七夕か」と思う方もあるのでしょうが、正確には『本当の七夕』です。少なくとも私はそう考えています。

★仙台の有名な七夕祭りを”旧暦”の七夕だと思っている人も多いのですがこれは違います。陰暦から太陽暦にかわった時、「まあ、だいたいひと月遅れになるよなあ」って感じでザックリ決められた行事日程で、太陽暦の8月7日ですから。


★七夕、正確な陰暦でないといけない訳があります。

★牽牛と織姫の仲を割って流れている天の川。この大河を一年に一回、渡ってデートを許されるのが七夕ですね。

★どうやって渡ると思いますか? 一説にはカササギ(鵲、鳥の一種)が集まって橋を作ってくれるというものがあります。

★もうひとつは『月の船』が天の川を渡してくれるというお話なのですが、私はこちらの方が好きです。鳥が身を挺して作ってくれた橋を渡るのはなんだか踏みつけられる鳥が可哀想だし、何よりこの説は雨が降ったら天の川が増水して橋をかけられないらしいのです。そこへいくと『月の船は』少々増水しても大きいので大丈夫でしょうからね。


★で、旧暦じゃないといけない理由ですが、七夕の日、つまり7月7日を太陽暦で行うと、その夜の”月”が年によってまちまちなのです。満月であったり新月であったり・・・

★そこへいくと陰暦で7月7日をかぞえると月は毎年、その夜は同じ形です。つまり毎年、陰暦7月7日は『上弦の月・半月のちょっと手前』になります。

★そして七夕当日の夜、天の川の西にあったやや細めの半月は2,3日かけて上弦の月(船の形)になって天の川の東に移動します。(実際に天の川を渡るのです)

★この月が船の形をして天の川を渡るのは一年のうちで陰暦7月7日だけなのです。どうです?良く出来ているでしょう?

★明日の夜、晴れていれば8時、9時頃、南向きのほぼ真上あたりに青く輝く琴座のベガ(織姫)が見つけられるはずです。でも今年の七夕は主人公の星だけでなく、『月の船』にも注目して夏の終わりの夜空を楽しんでみてはいかがでしょうか?





2012年8月17日金曜日

真夏の果実


★遅い昼食を食べ終えてのんびり庭を眺めているとき、隣でデザートの葡萄に夢中になっていた相方が唐突にいいました。

「葡萄は夏の果物やけど、なんか秋が来たって感じがするなあ」


★ん~、まあ確かに真夏の果実というよりは晩夏から初秋の果物って感じですかね?

★お盆のお供え物の印象が強いかな・・・。

★そういえば昨日は京都の夏の終わりの風物詩、五山の送り火でした。



★つまりこれから我が家的な葡萄の季節到来です。



★お酒で葡萄といえばワインかブランデーになりますが、その他のお酒の種類で例えば”葡萄のリキュール”とかはほとんど定番的なものはありません。なぜなんでしょうかね? あまりにワインの勢力が強いからでしょうか。


★そんな中でお薦めの葡萄のお酒があります。


  • 常温で良し、冷やして良し
  • アルコールに強い人にも爽やかで美味しく、弱い人でも甘くて美味しい
  • 薄いレモンイエローで見た目も美しい
  • これを飲んで「嫌いだ」といった人を私は知らない。(甘いのが苦手な人を除く)
  • 純粋な果実の香りが口いっぱいに広がります。
  • ワインと同じく何かで割る必要がなく、そのまま飲めます。
★こんな夢のようなお酒の名前は『ピノデシャラント』といいます。


★数あるピノデシャラントの中でもBAR月読のレギュラーは『レイモン・ラニョー ピノデシャラント』という蒸留所(メーカー)の物を使っています。

★ピノデシャラントのいちばんの特徴は、同じ葡萄畑で造られた葡萄をもとにブランデーとグレープ・ジュースを製造、そしてその二つを合わせて樽熟成させます。このためアルコール度数が焼酎より低く、ワインよりも少し高いお酒が出来上がります。

★葡萄の香り、アルコール感、爽やかな甘さがとてもバランスの良い、フランスのコニャック地方の”地酒”です。原料は葡萄ですがピノデシャラントは”晩夏~初秋”の時期だけでなく、よく冷やして暑い夏に飲むのもかなり美味しくいただけます。





★私は仕事内容を思うときバーテンダーは『案内人』であり、BARは『紹介所』であることをもっとも重視しています。

★2,3週間まえのことです。まだ20代と思われる若いカップルのお客様が月読にいらっしゃいました。そのお二人にピノデシャラントをお薦めして飲んでいただきましたが、その後に頂いた台詞が嬉しかったですね。

「今までこのお酒を知らなかったのは人生において大きな損失でした」と。

★バーテンダー冥利に尽きる”真夏の果実”のような、とっても甘いお言葉です。(笑) こんなセリフなら”四六時中も”聞いていたいですけどね。



2012年8月13日月曜日

祈りのカクテル

★チャップリンの映画で『どの作品がいちばん好きか?』を問われると迷ってしまいますが、『どの作品がいちばん印象深いか?』を問われると、それは『独裁者』です、と即答できます。

★チャップリンはこの映画でヒトラーへの批判をするのですが、それはヒトラーの”後”ではありません。ヒトラー全盛の同時期に作っています。

★それまでチャップリンはサイレント・ムービーにこだわっていました。トーキーが主流になっていてもです。でも『独裁者』最後のシーンで演説を入れたいがために自らのポリシーを捨ててまでこの映画の制作に向かいます。

★この映画をきっかけに(諸説ありますが)母国を追放されてしまいます。



★当時も、たぶん今でも、この映画に対する人の見方は様々で、批判的な見解があるのも知っています。

★でも偏見なく普通に観れば、彼がどんな想いを込めてこの映画を作ったかなんて想像に難くありません。

★チャップリンのこの映画を思うとき、タロットカードの頂点のカード『ザ・ワールド』をさしおいて、最後のナンバーに『フール(道化者)』がトリを飾っている理由がよく分かる気がします。



★さて、彼の名前のついたカクテルがあります。


~ チャーリー・チャップリン ~

スロージン
アプリコット・リキュール
レモン(稀にライムのレシピあり)

以上をシェークして氷を入れたロック・グラスまたはカクテル・グラスに注ぎます。
(店によりスタイルが違います)

★アルコール度数も弱く、甘酸っぱく濃厚な味ですが後口は爽やかなカクテルですので女性に多く好まれます。


★このカクテル、私にとっては”喜劇王”や”有名俳優”のイメージではなく
チャップリン=独裁者=『平和の祈り』のカクテルとして存在していて、かなり思い入れの強いカクテルのひとつです。

★月読で作る”チャーリー・チャップリン”では、レモンではなくライムを使用するのも、緑色の入ったグラスを使うのも、”祈り”の気持ちをレシピに含ませたい思いからです。


★少し『独裁者』に戻ります。

『独裁者』ではちょっと間抜けな床屋のチャーリー(独裁者のヒンケルと瓜二つの設定でチャップリンの二役)が映画の最後で間違われて独裁者と入れ替わり、大観衆の前で『民衆を服従さす演説』をしなければならない羽目になってしまいます。

★私がこの映画で最も印象に残るのは勿論、このラストシーンの演説なのですが実はもうひとつあります。それはこの映画はチャップリンの二役とされていますが実際は違います。『床屋のチャーリー』と『独裁者ヒンケル』そしてチャップリン自身の『チャーリー・チャップリン』が最後の演説で登場するので、彼は実質三役なのです。

★最後の演説、床屋のチャーリーにできる訳ないのです。それは前半からの床屋のチャーリーを観ていれば簡単に分かります。

★とことが間抜けな床屋のチャーリーは演説のシーン、顔(表情)が見事に変わります。それは床屋のチャーリーでも独裁者ヒンケルでもなく、紛れもないチャーリー・チャップリンその人なのです。

★普通ありえないでしょ? 自分の素の演説(ヒトラーの批判)を6分程するために丸々映画を一本撮るなんて!


★YouTubeでもラストの演説は観ることができますが、字幕の部分を書き写しました。(字幕では『Fight』を『戦え!』としていましたが、私には違和感があったので『立ち上がれ!』に差し替えてあります。)


~ チャーリーの演説 ~
(大軍の兵士の前で)

悪いが私は皇帝になりたくない。
支配するよりも人々を助けたい

ユダヤ人も黒人も白人も お互いに助け合わなくてはならない

他人の幸せを願い、憎みあってはならない

地球にはすべての人を包む豊かさがある
人生は自由で楽しいはずなのに
貧欲が心を支配し、憎悪をもたらし悲劇と流血を招いた

スピードも役にたたず、機械は貧富の差をひろげた
知識を得た人は優しさをなくし、心の通わない思想で人間性が失われた

知識より大切なのは思いやりと優しさ
それがなければ機械と同じだ

航空機やラジオで人々が近づき
それで世界をひとつにできる

私の声が世界中に伝わり失意の人々にも届くだろう
彼らはこの歪んだ支配体制の犠牲者である

人々よ、希望を捨てるな
貧欲が招いた不幸も、人として生きる不安も
独裁者の死と共に消え去る

そして民衆は政権を取り戻す

兵士よ 良心を失うな!
独裁者に惑わされるな!

君たちは支配され、まるで家畜のように扱われている

彼らの言葉を信じるな

彼らには血も涙もない

君たちは機械ではなく人間なのだ

人を愛する心を持て
愛があれば憎しみは生まれない

『神の国は汝らのなかにある』
聖書の言葉だ

君の中にも 私の中にもその力がある
全てを創造する力は君たちの中にあるのだ

自由で希望に満ちた世界を作ろう
民主主義の名のもとに団結しようではないか

新しい世界のために立ち上がろう
雇用や福祉が充実した社会を作ろう

独裁者たちも同じ約束をした。
だが口先だけで約束を守らなかった

約束を果たすために立ち上がろう

世界を解放し、国境をなくし、貧困や憎しみを消し去るのだ
良心のために立ち上がろう

科学の進歩が人々を幸福に導くように
兵士よ 民主主義のために団結しよう

*―――*―――*―――*―――*


ハンナ(彼の恋人)、聞こえるかい?
顔をあげるんだ

太陽が顔を出し 明るく照らし始めた

新しい世界の始まりだ

人々が憎しみや貧欲や暴力を乗り越えた

見上げてごらん
人々の魂には翼があったんだ

やっと飛び始めた
虹に向かって飛んでいる

希望の光に向かって
すべての人の輝く未来に向かって

さあ、見上げてごらん・・・



★ヒトラー亡き後も演説はまだ終わってはいません。








2012年8月12日日曜日

京の夏、犬も歩けばソルティードッグ


★先日、御所を散歩した帰り道。犬を連れたおじさんが立ち止まっていました。

★正確には連れていた犬が暑さのためにバテて動かなくなっていただけなのですが。


★ちょっと変わった風体のお犬様でしたが『毛の短いポメラニアン』の種類だそうです。

★聞けば毎日こうで、「散歩に連れて行け」とねだるくせに、この場所まで来ると必ず体力が尽きて『伏せ』状態のまま動かなくなるようです。

★近づいて頭を撫でようとすると頑張ってしばらくは普通の顔を保とうとするのですが・・・


★でもすぐにこんな顔になっちゃいます。


★京都の夏は暑いから。毛皮着てるもんな・・・汗だくだろうね。

★という訳でソルティードッグです。(安直ですいません)

~ ソルティードッグ ~
ウオッカとグレープフルーツ・ジュースのカクテル。
スノー・スタイルというグラスの淵に塩を付けるカクテルとして有名です。


★元々はイギリス海軍の下っ端甲板員が船上で塩まみれになって働いているのを上級隊員が揶揄したスラングです。本物の『塩まみれの犬』ではありません。

★海軍ではジンが支給されていたので、このカクテル、当初はジンを使ったレシピでした。

★現在もBARで人気のカクテルですが、レシピやスタイルが様々あり、店舗によって飲み比べてみるのも楽しいカクテルです。


★月読のソルティードッグ・レシピは『パーフェクト・ウオッカ』にフレッシュ・グレープフルーツを絞り、これをシェイク。グラスに注ぎ、締めに上からライムをワンカットだけ絞って落とします。

★ライムを絞るのは現在売られているグレープフルーツが甘すぎるので味を引き締める意味合いと、ソルティードッグは当初にライムジュースも配合されていたという説もあるからです。



★あのお茶目なお犬様に飲ませてあげたかったけど、さすがに無理。また御所に行ったら会えるといいけどなあ。



2012年8月10日金曜日

青空、ひとりきり


★だいたい私は飛行機に乗るのは好きではないし、友人の家に遊びに行ってもそこがマンションの5階以上ならもう落ち着かない。部屋にたどり着くまでの廊下は壁がいつ崩れるかが心配なので、けっして寄り掛かったりはしないのです。

★そんな訳でバンジー・ジャンプやスカイ・ダイビングなんて正気の沙汰ではありません。


★ところが視界のいい場所や砂浜で寝そべって、晴れた空を見渡すと”空の上に向かって落ちていく”ような感覚にとらわれます。

★これは大丈夫。

★背中にある大地の感触が安心感を与えてくれるので、バーチャルなスカイダイビングを楽しむことが出来るのです。

★この間、たまたまそんな風に”空に登っていくスカイダイビング”をしていると思い出したカクテルがあります。


★名前はそのまま『スカイダイビング』。


~ スカイダイビング ~
ラムをベースにライムとブルー・キュラソーをシェイクしたカクテルです。


★私が初めてBARなるところでアルバイトをしたのは、もうかれこれ25年以上前です。まだバブル経済の名残が少しはあったので京都の街の賑わいは今とは雲泥の差でした。

★あの頃、京都の繁華街である木屋町通りは週末になると走れないくらいの人波で溢れかえっていたのに、今はもう見る影もありません。

★カクテル・スカイダイビングもあの当時は割とよく注文があったのですが、最近はすっかり見かけなくなったカクテルのひとつです。

★新しく出版されているカクテル・ブックのレシピにも掲載されているのを見たことがないので、なんとなく時代と共に廃れていった感のある淋しいカクテルのひとつですね。


★空に落ちていくような、登っていくような、寝転がったままのスカイダイビングでも、果てしなく広いところにポツンとひとりでいると、少し淋しく感じてしまいます。


★まどろんで空に落ちそうになったとき、涼しい一陣の風が吹いて背中の大地の感覚が蘇ります。

★風の中から「上を向いて歩こうよ・・・」と、空に消えていった人の歌が聞こえた気がしました。あの事故がおこったのは1985年。私がBARで仕事をする1年前のことです。




2012年8月9日木曜日

ダニーボーイに耳をふさいで

★毎年、京都の夏の催しとして”五条坂の陶器まつり”があります。以前はこの場所のすぐ近くに住んでいたので身近な行事だったのですが、引っ越してからは足が遠のいていました。今年はちょうど月読の定休日にあたったので初めて夜の時間帯に繰り出すことにしました。


★祇園祭の宵山など、祭りの夜店というものに興味がなくなったのはいつの頃だったでしょうか?     夜の陶器まつりはなんとなく『大人の夜店』という趣で楽しめました。




★さて、祭りで何が好きかといいますと、そこから帰るときのなんともいえない寂しさが好きなのです。俗にいう『祭りのあとの寂しさ』ですね。これは幼い子供の頃からそうでした。祭りの輪から離れて家路につく道すがら、祭囃子がだんだんと小さくなっていくあの感じです。


★大人になってあまり祭り(夜店)に行くことはなくなりましたが、ジャズのレコードをかけるとき、テナー・サックスの音を聞くと不思議に”祭のあとの寂しさ”や”遠ざかる祭囃子”を感じてしまいます。とくにそれが顕著なのはベン・ウェブスターの『ダニーボーイ』という曲がそうです。


彼の吹くダニーボーイは微かにベース音がしますが、ほぼサックスの音色だけでダニーボーイを奏でているので私の耳にはとても心地よく、大好きなジャズ・ナンバーのひとつです。


★”陶器まつり”の帰り道、当然”祭り”といえど祭囃子があるわけでなく、遠ざかる灯を目にしながら『ダニーボーイ』を思い出したのですが、今年はちょっとそれが耳に聞こえてくるのが嫌な気持ちになっていました。何故だか分かりません。思うに”祭りのあとの寂しさ”=”夏の終わり”で自分の年齢を省みて”若さへの未練”みたいなものが出てきたのかもしれません。(笑)

♫ 「・・・すがるように絡みつく ダニーボーイに耳をふさいで』 ♪

★10代の頃、よく聞いていた曲の歌詞にこんなフレーズがあったのを思い出し、久しぶりに聞いてみたくなりました。不思議ですが10代の頃に覚えた歌詞って絶対に忘れませんね。今では好きな曲のタイトルや歌手の名前すら覚えることすら出来なくなりました。

やっぱり若さか。
ああ、人生の夏が遠ざかってゆく・・・




★最後に『祭りのあと』(”人生の”ではありません、念のため)に似合うお酒をひとつご紹介します。


~吟香露~
純米大吟醸と純米吟醸酒の酒粕から造られた焼酎です。焼酎とは思えない吟醸香が素晴らしく、優雅だけれど消え入りそうな切なさを醸し出すお酒です。


★焼酎党だけでなく日本酒党にもお薦めの一本です。五山の送り火の後なんかにはいいと思いますよ。








2012年8月7日火曜日

緑の代償


★数年前、今の家に引っ越してきたとき、いちばん嬉しかったのは庭があったことでした。庭といっても6疊より少し広いくらいの小さな小さな庭です。

★四季の木々や草花を植えたいと思いました。前に住んでいた家から持ってきた鉢植えの木も、地植えにしてのびのびと育てたいと思いました。


★農業とか園芸は(植物の)命を育むものであって、何の犠牲もなく、何の咎めもないと信じて疑っていませんでした。

★でもそうではなかったのです。ホームセンターで喜び勇んで買ってきた金属製の大きなシャベル。それで庭の土を掘り起こすと、その土の下にはたくさんの小さな命がひしめき合っていました。

★グサッ、グサッ、グサッと、シャベルを土に差し込む音。グサッ、グサッ、グサッ・・・

★音が一回するたび、確実に幾つかの小さな命が失われていきます。そして彼らは私よりも前からのこの場所の住人でした。


★一通り作業が終わっても、どこかやるせない気持ちが消えることはありません。生命を植えたかったのです。生命を育みたかったのです。自分の楽しみのために。でもそのために嘆くことさえ知らない可哀想な生命を数多く犠牲にしてしまいました。

★いたたまれない気持ちが消えなかったので、友人の雲水さんに頼んで庭で供養のお経をあげてもらったのは去年の夏のことです。


★彼は報酬が缶ビール数本だけだったにもかかわらず、正装で来てお経をあげてくれました。驚いたのは、ちゃんとそういった虫や小動物のためのお経があるのですね。その事実は人がはるか昔から大きなものだけでなく、幾つもの小さな犠牲の上に成り立ってきたのだということを改めて実感させてくれます。





★シャルトリューズ・ベール



★このリキュールの詳細は興味があればネット検索してみてください。いろいろと面白く、深いうんちくのあるお酒です。

★ここで取り上げるこのお酒の特徴はひとつだけ。実に130種類のハーブを香りづけに使っているということです。飲めば複雑な緑の香りが口いっぱいに広がります。


★アルコールに強い人はストレートかグリーン・アラスカ(ジン&シャルトリューズ)というカクテル。

弱い人はトニック割りや、スプモーニというカクテルのカンパリをシャルトリューズに代えたレシピのシャルトリューズ・スプモーニ(シャルトリューズ&グレープフルーツジュース&トニック)を。

かなり弱い人は水やソーダの入ったグラスにシャルトリューズを数滴落として飲むのがお勧めです。


★シャルトリューズ・ベールはリキュールの王女といわれていますが、飲むと130種の命の更にその奥に、もっと多くの生命を感じることのできるお酒です。

★8月は生命について、いつも以上に思う月ですね。




2012年8月5日日曜日

店のタブーとお客のタブー (後)

前回からの続きです。

★店のタブーは数えていけばきりがありません。ところがお客様のタブーは基本的に根っこはすべて同じなのです。

★それは『他のお客様に迷惑をかけない』という大前提。

★もしこの前提を破るような逸脱した行為があれば店側からの注意や制止行動がなされます。お酒を飲む席なのでそういったことは多々あるのですが、その場合、大抵のお客様は聞き入れていただけます。それは自分の行為や発言が店側スタッフや周りの人たちに指摘されると、直ぐにそれが『迷惑行為』だったことを自分で自覚出来るからに他なりません。

★でも中にはそう簡単にいかないケースがあるのです。それは何かと言いますと・・・


★答えをいう前に、少しお高くとまったBARでのマナーについてのウンチクをひとつ。

★カウンターに置かれたボトル、これは本来、お客様が触ってはならないものなのです。

★「なぜ?」と思われる方も多いと思います。というのは実際、当たり前のように簡単にボトルを触るお客様はとても多いですから。

★実は私自身もこのルールの本当のところの意味を誰かに教わった訳ではありませんので正しい理由は定かではないのですが、私はこう考えています。それは『安全管理』という理由以外にないと。

・・・もしボトルをお客様が勝手自由に触れたら。

★BARには不特定多数のお客様がいらっしゃいます。スタッフの目を盗んで異物を混入されたら大変なことになってしまいます。

常連様はこう思われるかもしれません。

「私がそんなことをすると思ってるの!(怒)」と。

★もちろん思っていませんし、考えたこともありません。でもボトルを『”あなたは触ってもいい”けれど、初めてお越しになった”隣のお客様”はダメです』とはできないのです。

★こうして書くと理解していただけることも、現場ではなかなか理解していただけない場合があり、気分を害される方もいらっしゃいます。そういったこともあるので一度ちゃんと整理して、お客様に誤解の無いように理解して頂きたいと考えたことが今回の趣旨です。

★ちょっと話が逸れました。ところでこの『ボトル、触ってはダメ・ルール』は店によって違いがあります。さらにいうと”店自体”がこのルールを知らない場合もあります。

★月読では基本的には『お触りOK (笑)』ということにしています。ボトルやラベルのデザインを見るのは楽しいですし、そのお酒の情報もボトルに明記されているので知的好奇心の強い方には是非とも手に取って読んでみたいでしょうから。(ちゃんと”管理”はしています)

★ただホテルのBARなどオーセンティック(正統派)なBARではボトルに触ろうとすると、必ずやんわりとお断りされることになりますのでご注意を。(どんな店でもまず「ボトルに触ってもいいですか?」と聞いてみるのがBESTですね)


★さて長い前置きになりましたが本題(答え)です。

★お客様の中にはカウンターに置いてあるボトルを手に取って、更に躊躇なく勝手に自分でボトルのキャップ(フタ)を開け、中のお酒のニオイを嗅ぐ人が割と多くいらっしゃいます。

「すいませんが、それはご遠慮ください」

と言っても、もう間に合わない・・・ 多くの方はキョトンとした顔をされます。

★その後、

「ニオイを嗅ぐだけですよ???・・・?」

とか、

「なんであかんの!! (怒)」

といったセリフが返ってきます。

★ここで困ってしまうのです。まさかお客様に

「ビンの中に鼻息が入って汚くなる下品な行為ですから、次にそれを飲む人に迷惑がかかるのです」

とは言えないのですよねぇ・・・ましてやお連れ様がご一緒となると。不思議なことにこのビンのフタを開けてニオイを嗅ぐ行為、普段はとても上品な方がされることが多いのです。だから余計にプライドを傷つけてしまうので困りものです。

★中には食い下がるお客様もいらっしゃって、

「私は絶対に(ニオイを吸い上げるだけで)鼻息をビンに入れたりしませんから大丈夫です!! (激怒)」

と言われます。

★でもねえ・・・仮にそうだとしても『ボトル、触ってはダメ・ルール』と同じで、あなたを”良し”としたら他の汚すかもしれない誰かも”良し”としなければならないのです。

★それに例えば回転寿司に行って、誰かがニオイだけ嗅いで元に戻した皿のお寿司を食べる気がしますか?(笑)

★この問題で重要なのは”ニオイを嗅ぐ”お客様が自分の行為が『他のお客様への迷惑行為』をしていることに指摘された後も理解できていないことで、それを解ってもらうためにはこちら(店側)がお客様のプライドを傷つけなければならない・・・ということなのです。

★未だにこの問題の解決策が思いつきません。『ボトル、触ってはダメ・ルール』を厳格にしたら少しはましになるのですが、あまり堅苦しいBARにはしたくはないし・・・

★最良なのは”行為”の前に知ってもらうことなのでしょうが、こんなマイナーなブログに書いたところで効果があるとも思えません。

★どなたか良い案があれば教えてください・・・と、丸投げで終わります。 
m(_ _)m



~追伸~
一応、月読ではお客様が『におい』を希望されましたら、よほど貴重なお酒でない限り、小さいグラスに少量入れて『サービス』として提供させて頂いております。”行為”にでる前に何卒、一言、お声がけください。(笑)




2012年8月3日金曜日

店のタブーとお客のタブー (前)


★よくお客様に問われる質問にこんなのがあります。
「良い店とそうでない店の見分け方ってありますか?」と。

★この答えは人によってそれぞれ違うので、必ずしもこれがそうだと言い切れないのですが、今回は私的な意見ですが少し触れてみたいと思います。

★ただ長所を挙げるよりも、「これが出来ていないとダメ」という”店のタブー”で判断したいと思います。あと逆にお客様がよく犯しがちなBARでのタブーもひとつ。


★まずは『店のタブー』です。これはBARだけでなく飲食店全般についてです。

★先に結論から言います。

★それは『手を洗えているか』です。


★「なんだ、そんなの当たり前でしょ?!」と思われるかもしれません。確かに仕事に入る前はちゃんと出来ている人は多いはずです。

★でも”仕事中”はどうでしょう?

★仕事の途中、お会計をするとお金を触ります。ご存知の通りお金は非常に不衛生なものです。

★また板前や調理師が生肉や生魚を触って料理します。部位によっては食中毒をおこすような細菌もいっぱいです。

★さてその後。お金や生肉を触った手でそのまま野菜を切ったり寿司を握ります。またフルーツやチーズを切り、氷を触ります。

★そんな風に出されたグラスや皿の飲食物を口にしたいですか?

★「そんなの手を洗ってから次の作業をしているに決まっているでしょう?」と多くの方は思われるでしょうね。でももし『ちゃんと手を洗っている店』を”〇”、『洗ってない店』を”×”とすれば信じられないでしょがたぶん8割以上の店が”×”になってしまいます。

★もし今度、調理場と客席が同じスペースの店に行かれたときに注意深く観察してみてください。非常に残念で怖い実情を目の当たりにされると思います。

★「別にそのくらいいいですよ。今まででも大丈夫だったし」という強者もいらっしゃるかもしれません。でも考えてみてください。お客様から”見える所”でもそうなのです。そんな調理従事者が”見えない所”でする仕事は更に不衛生だと思いませんか? 

★実際、”手を洗わない調理”によって食中毒ほど大多数に影響せずとも、少人数に軽い腹痛や嘔吐をさせている原因があることも多いのです。被害にあった本人がそれとは気づかないだけで。


★なぜ、こんな当たり前のことが出来ないのかその要因は幾つか考えられますが、いちばんの理由として経営者、上司、先輩などから技術は厳しく教育されても衛生観念は殆ど教わらない実情があります。つまり手を洗わないことの危険性を”知らない”ベテラン調理従事者が多く、それが代々受け継がれてきているのです。

★飲食業は不特定多数のお客様の躰の中に直接取り込む物を提供するという、他のどんな要素よりもまず安全性(衛生管理)を最優先させるべき職業です。

★もし自分の家族に幼児がいて、その子に不衛生な手のまま食事を作って与える人はいないでしょう。細心の注意を払って行うに違いありません。自分の家族に出来てお客様には出来ないということは、お客様を大事にしていない、”人として見ていない”ということなのです。

★私は自分が客の立場で飲食店に行ったとき、まず調理者が仕事の途中で必要なときに逐一手を洗えているか、を最優先基準としてその店を”良い店”かどうか判断しています。

★残念ながらこんなバカバカしいほど当たり前の内容をわざわざ強調するくらい、本当にびっくりするくらい出来ている店(人)は少ないのです・・・




(後)に続きます。