9月、静かな夜。
年輩の女性のお客様。
他には誰もいない。
彼女は月読をオープンする前の店からの御常連様で、年に2回程お越し頂いている。
以前はもっと頻繁にお越しだったのだけど、介護の関係でなかなか外出が不自由になってしまった。
今日も久しぶりに街や鴨川をぶらついてからのご来店。
「この店も、もうあと数ヶ月でまる十年になりますよ」と僕が言うと、彼女は店内をゆっくりと見回して子供の成長を見守るように、それでいてどこか寂しそうな顔をして静かに笑っていた。
JAZZの好きな彼女に「何かリクエストがあればおかけしますよ」と尋ねる。
「うーん、まさかここにそんな曲があるとは思いませんが…
特に好きでもファンでもなかったのに最近、頭から離れない曲があるんですよ。なんかね、懐かしくて聴きたいなあと思ってたのですが…」
彼女が言ったのは本当に懐かしい邦楽の歌謡曲。
ふふふっ。
彼女はこの店が別名、”昭和歌謡bar”と呼ばれているのを知らない。w
ちょうど一杯目のグラスが空いていたので、その曲があるとは告げずに「その曲をもし聴くとしたら、一緒に飲むのに相応しいカクテルがありますよ」と僕が言うと彼女は「じゃあ、それをぜひ」OKしてくれた。
カクテル ヨコハマ。
1920年代のクラシックなカクテルで、ポイントはアブサンを一滴落として八角の香りを纏わせることにある。
少しアジアンテイストな港町を想起することが出来るのだ。
出来上がったカクテルを彼女の前に置き、リクエストの曲をかける。
「えっ!」と言う彼女の驚きのあと、八角の香りに埃っぽい港町の風情を感じながら店内は時間を遡る。
およそ3分半くらいだけのタイムマシーン。
流れた曲は中村雅俊、恋人も濡れる街角。
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