うちの店(月読)は二階にあり、窓からは路地を見下ろせる。
日の暮れるのが遅い六月の夕方。窓の側でぼんやりとレコードを聴いていたら視界の左から二十代とおぼしきメガネをかけた会社員風の出で立ちをした青年が現れた。別に不思議ではない。この路地は人通りも交通量もけっこう多いのだ。
僕がそのよくある風景の青年に注意を向けたのは他でもない、彼が途中で立ち止まって、僕の視界の右側に向かって満面の笑みを浮かべたからだった。彼女とでも待ち合わせ? …右側にまだ人物は見えてはいない。
それにしては何か違和感があった。彼の顔には偶然出会ったような驚きがみてとれたし、うちの店の前は待ち合わせをする様な場所ではない。もしそうだとすると、彼らはうちの店か下の店に入ってくる公算が大きい。瞬時にそこまで考え、身体は自然と営業モードに入り椅子から腰を浮かす。
するとどうだろう、座っていたために死角になっていた通りの低い部分の景色が見え、同時に答えが明らかになった。
彼は彼女を見つけたのではなかった。近所の仲良くしているのであろう、小学生低学年くらいの男の子がこれまた小さな自転車に乗って、すれ違おうとしているところだった。相変わらず彼は満面の笑みを保っていたし、その男の子も彼のそばで一旦、自転車を停め、嬉しそうに顔をクシャクシャにして笑い、彼とハイタッチを交わし、やがて僕の左の視界からは男の子が、右側には青年の姿が消えて行ったのだった。
嫌な風景が目に映ることの多い中、こんな事もたまにはある。
まだ大丈夫かもしれない。
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