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2017年8月21日月曜日

真夏の夜の夢

昨日の夜はとても蒸し暑い夜だった。それは肌に何か得体の知れない、生温かいものがベットリと纏わりつくような、年にそう何度も経験することのない嫌な暑さの夜だ。

こんな夜は2年ほど前に旅行で行った埼玉県、浦和の夜を思い出してしまう。

その年の夏、沖縄県在住で画家を生業にしている友人がいて、彼から毎年恒例にしている浦和での個展を観に来るように誘われたのだ。(浦和は彼の実家がある)

京都に住んでいると、浦和はそんな機会でもないとなかなか行くこともないので、嫁と2人して、「じゃあ、行こうか!」ということになった。

新幹線とホテルの手配は嫁がしてくれた。だいたいいつも彼女に任せっきりなのだ。

旅は2泊で、食事も友人たちと共にするので、宿泊先に予算をかける必要はない。嫁が選んだホテルは”駅と個展会場からなるべく近くにある”という条件のもと、かなり古びたビジネスホテルだった。

そこはアメニティは普通に満足できるものだったのだが、両隣を立派な観光ホテルに挟まれて、奥に少し窪んだような場所にひっそりと建っており、真正面からみると、まるで「こんなところにいて申し訳ありません」とでもいいたげに、ビルが頭を下げているようにも見えた。

そのオドオドしたビジネスホテルは改装中のため、壁面が木材で組まれた工事用の足場で、びっしりと覆われていた。

荷物を持って入り口の前に立つと、お世辞にも「ここに泊まりたいなあ」という気にはならず、「なんだかなぁ…」という印象は否めなかった。でも滞在中はほとんど外出するので、寝床だけ確保できれば十分だったし、それ以上深く考える必要もなかった。

仕方がなかったのだ…

部屋は405号室だった。

受付でキーを預かって、嫁と2人で部屋に向かう道すがら、「ふつうホテルって、縁起が悪いから4階の表示は無しにするんじゃなかったっけ?」と聞くと、嫁は「こんなホテルでそんな気の利いたことはしない」と一蹴された。



部屋は思っていた以上に綺麗に整っていた。ただ唯一存在する窓は外側に工事のための木枠が組んであり、もともと小さな窓がさらに細分化されていて、殺風景なことこの上ない。まあ、どっちにせよ、すぐ目の前に隣の豪華なホテルの壁が迫っていて、何ひとつ窓としての実用性をはたしてはいなかったのだけど。

ただ不思議だったのは、その窓の構造上、”もともとは開く仕様”になっているのに、なぜか今は開かないように向こう側から何かでストップがかかるようになっていた。ただこの時は深くは考えはしないで、「外で工事をするので、安全のためにそうなっているのだろう」くらいにしか思っていなかった…

荷物を置いてから、空調や冷蔵庫、クローゼット、タオルなどの点検をした。小さな机があったので、引き出しを開けてみると、そこにはお約束の聖書が1冊。かなり古くから使い込まれている様子で、少し汚れが目立っていたので、綺麗に整えられた部屋にしては、何かしら違和感があった。でも僕らはキリスト教徒ではないので、そのことについてもさしたる疑問は持ち得なかった。

荷物をおいてそこそこに、僕らは友人の個展会場に向かった。部屋を最後に出たのは僕だった。ドアを閉めるとき、木で組まれた足場だけが見える窓からぼんやりとした明かりが差し込む部屋に、ふと何かがいるような気配がした。それはほんの一瞬のことだった。

「!…?」

でも先に出ていた嫁がエレベーターのスイッチを入れて、僕を急かすように呼んだので、そんなことは気のせいだと思い、その後、忘れてしまった。

個展会場で友人家族と半日過ごし、閉館後、食事に向かった。浦和といえば鰻を食べないわけにはいかない。有名な鰻屋をはじめ、友人に色々と案内をしてもらい、二次会、三次会と進み、ホテルに帰ったのは夜中の1時をまわっていただろうか。ポツポツと小雨が降り出し、まるで雲の中を歩くような蒸し暑く不快な夜になっていた。

部屋に戻って、交代でシャワーを浴びた。

僕は前日の夜中まで仕事をしていて寝不足だったし、もちろんその夜は友人たちとかなりの酒量を飲んでいたので、寝床に入るとすぐに猛烈な眠気に襲われて、考える間もなく秒殺で深い眠りに落ちたのだった。

何時間が経っていたのだろうか?

僕は突然、何かの気配で目が覚めた。

身体は寝不足と酒のために重く、怠かった。

部屋の電気は消されていて(たぶん嫁が消したのだろう)、嫁は隣のベッドで寝息をたてているのが分かった。意識はハッキリしているのだけれど、疲れのために瞼が思うように開かない。木枠の足場が見える小さな窓から、薄明かりが差し込んでいて、部屋の中が微かに明るいのがわかる。

暫くすると、机の方向から声が聞こえてくるのがわかった。

「ぅーーぅーーー ぅーぅーーー」

意識は半分くらいハッキリしない。

身体は重い。

その状態で、

「ああ、あの汚れた聖書の入った机の方か…」

と考えていた。

でも余裕があったのはそこまでで、

「ぅーーぅーーー ぅーぅーーー」

という声は机(足元)の方から確実にこちらに近づいてきているのが、その声の大きさで理解できた。

徐々に徐々に声は近くなってきていた。

「うーーぅーーー ぅーぅーーー」

「うーーうーーー ぅーぅーーー」

「うーーうーーー うーぅーーー」

僕は焦った。

まず電気を点けたいのだが、自分で消したのではないから、咄嗟にスイッチがどこにあるのか判らなかった。

次に逃げることを考えたが、声が近づいてきている机のその向こうにドアがあった。残された唯一の外界への出口は木枠の組まれた窓だけだったが、あの窓は”開かない”ようになっていた。それに何より、横で寝ている嫁を置いていくわけにもいかない。

そうこうしているうちに、「うーーうぅーー」という声は僕の顔のすぐ近くまできてしまった。

どうしよう? どうしよう? どうしよう?,と焦って考える頭の中に、なぜかまたあの
古く汚れた聖書が浮かんだ。

十字でも刻んで祈ればいいのだろうか?

しかし何度もいうが、僕らはキリスト教徒ではないので、そんな付け焼き刃でなんとかなるはずないではないか?

そのときたぶん、声はもう僕の顔の数十センチ近くまできていた。

そこで僕は閃いた。

「僕はキリスト教徒ではないが、神社はたまに行く!」

そう考えて、目の前の不気味な声のするあたりを目指して、柏手を大きく1回だけ打った。
「バシッ!!」という音が部屋に響き渡った。

その音を聞いて嫁も目が覚めたらしく、身体を起こして、枕元にあった部屋の電気のスイッチを入れたのだった。そして心配そうに聞いてきた。

「どうしたの?」

僕は明かりのついた部屋で、自分の両手のひらを開いて眺めてみた。

そこには僅かに血がついていた。

嫁がもう一度、聞く。

「どうしたの?」

「…やっぱり、蚊がいた❤︎」

まだまだ蒸し暑い日が続きますが、残り少ない夏をお楽しみ下さい。

夏はやっぱりモスキート…ではなく、『モヒート』ですよね。



2017年7月26日水曜日

夏の鰻に乾杯

休日と重なったので、20年以上ぶりに土用の丑の日に鰻を食べた。(鰻だけなら年に1、2回くらいは食べる)

鰻食べながら、録画してあったカサブランカを観る。



鰻と梅干しは食い合わせが悪いとされているが、鰻とボギーもあまり良い食い合わせではなかった。鬼平犯科帳にするべきだったのだ。

次にはこの経験を活かしたい。今度はいつ、休日と土用の丑が重なるだろうか?

きっとボギーなら、

「そんな先のことはわからない」

というのだろう。



と、ここまで書いて、投稿する前につらつらっとFBのページをみたら、『過去の自分の投稿をシェアしませんか?』という”お知らせ”が来ていた。

あ、2年前に埼玉の浦和で食べるな、鰻。土用の丑の日に。

「そんな昔のことは忘れたな」

古い映画は、いつだって正しいことを教えてくれる。






やがて悲しきローハイド

bar月読のご常連さんであるK氏は生粋の江戸っ子だ。だから銭湯と同じで、バーでも長湯…いや、長居はしない。まだ陽が沈みきらないうちからマティーニやウイスキーを数杯飲んで、さっと風のように去っていく。粋である。

会話も洒脱だ。知的エッセンスとユーモアがあり、若い女性客からの人気も高い。綺麗どころとカウンターで隣り合わせても、もちろん長居はしない。軽妙な会話で女性客を楽しませたあと、頃合いを見計らってサッと席を立つ。実に粋なのである。

K氏はまた、たいへん博識でもある。ついこのあいだ、映画『ブルースブラザース』の話題になって、僕がローハイドを「ローレン、ローレン、ローレン〜」と口ずさむと、
「あれはローレンと聞こえて、みんな間違って理解しているけど、正確には”Rollin', rollin', rollin'”で、”ローリン”がホントです」と教えてもらった。牛や馬を追って操る、かけ声ということらしい。


さて、月読のまわりに牛や馬はいないが、野良猫は多い。あるとき、K氏がチェックを済ませて店の階段を降りて外に出ると、通りの向こうに野良猫の子どもがいた。

そこでK氏はその子猫に歩み寄りながら、

「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」

という(そういう風に僕には聞こえた)なにかの擬音を早口で子猫に話しかけた。

その音はとても新鮮だった。

『北の国から』で蛍がキツネに向かって

「るー、るるるるー」

とやってるけど、猫に向かって、

「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」

と、かけ声? をするのは初めて聞いた。

これは愛猫家のスタンダードなんだろうか?(K氏は昔、トラちゃんという名前の猫を飼っていた)、それとも伝統的な江戸っ子の流儀なのか?

「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」

と早口で子猫をあやすK氏の後ろ姿を見送りながら、なんだローハイドの「ローリン、ローリン、ローリン…」みたいで、とてもカッコよく思えた。そして実際に自分でも使ってみようと心に決めたのだった。

後日。
僕の住んでいる古い借家の庭には、野良猫の”クロちゃん”が遊びにくる。



クロちゃんは生粋の野良猫である。エサをやってもいっこうに媚を売らない、とても愛想の悪い猫だ。エサを食べ終えたら、庭のトタンのワク木をツメでガリガリとやって帰っていく。

だから今度、クロちゃんが庭にきたら、例の「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」という、『ネコ・ローハイド』を試してみたいと思っていた。操れるかもしれない。

しかしそんなときに限ってクロちゃんはこない。何日か待ったけど、やっぱりこない…
でも僕は「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」をどうしても試してみたくて仕方がなかったのだ。

クロちゃんがこないとなると、うちには僕のほかには嫁しかいない。

彼女は実家でコジマという猫を飼っていて、実は本人自身も猫(という生き様)に憧
れている。

だいたい”憧れる”時点で、そこからは程遠いものなのだが、実際的に彼女は猫より、かなり”イヌ”的なキャラクターだった。嬉しいときにシッポを振っているのが丸見えになる。

その話題をなんどか彼女としたことがあるのだけど、僕がそういうといつも、

「違う、私は猫。女豹や!」

といい張る。(だいたい豹は猫とは違うし)

なので今回は妥協策として、ネコのクロちゃんの代わりに”女豹の嫁”で試してみることにした。

台所仕事をしている彼女の背中に向かって、K氏のように

「ぷすっ、プスッ、ぷすっ、プスッ、ぷすっ」
というかけ声をやってみた。

彼女はyoutubeから流れるオザケンのラブリーを口ずさみ、機嫌よく野菜を切っていたのだが急に手をとめ、血相かえて僕に歩み寄ってきた。

「いま、私に向かって、ブス、ブス、ブスっていったやろう‼︎」

いや、いってない…Kさんがな…

「Kさんが女性にブスっていうはずないやろ!」

いや、ネコにな…”ぷすっ”ってゆーたはったんや。

「人間はブスで、ネコはプスッなんて聞いたことないわ!」

ローリン、ローリン、ローリンー

「歌ってごまかすなー」

牛や馬と違って、女豹はカンタンには操れない。

畳敷きの部屋にブルースがこだまする。


Kさん、ブルースブラザースはやっぱりローリンじゃなく「ローレン、ローレン、ローレン」と歌ってるんじゃないだろか?

ネコの名前のついたカクテルは、あんまりパッとしたのがないので、今回はソルティードッグで。



塩辛い犬。

ほんとはイギリス海軍の上官が、塩まみれで働く下級甲板員を揶揄したスラングで、たぶんあまり”いい言葉”ではないのだろう。それでもユーモアがあっていいのかもしれない。たぶんローハイドを歌うよりはずっとましに違いない。





2017年6月15日木曜日

最短距離をゆく

「北極へ行くには、どっちの方向ですか?」

こういったのは、大学時代につき合っていた彼女だった。かれこれもう30年くらい前の話だ。

それは映画の上映開始時間を待っている間、喫茶店で時間つぶしをかねて、遅めの昼食をとっているときだった。

僕はこれから観るであろう映画についてぼーっと考えていた。だから彼女が話しかけている内容についてはずっと右から左に聞き流していたので、間の抜けた返答をして少しばかり彼女をムッとさせてしまった。

えっ、 北極? 南極ならまだしも、北極にいくのは難しいと思うけど…

「違うの、だから罰ゲームなのよ!」

つまりこういうことだ。

それは彼女と同じ大学に通う女友達5人で、何かしらの簡単なゲームをする。ジャンケンでもいいし、あみだくじみたいなものでもいい。そして負けた人が、あらかじめ決められていた任意の場所(なるべく現実離れした場所)にいく方法を、通行人を適当に捕まえて、その人に食い下がって尋ねるという、あまり意味のない暇つぶしのゲームをしたというレポートだった。

”暇つぶし”なんて、考えてみればずいぶんともったいない話ではある。

でも当時、僕らは大学生だったし、ほとんどの大学生がそうであるように、時間は無尽蔵にあると思っていた。それは水道の蛇口を捻れば水が出てくるのと同じように。そして時々、朝目覚めると(僕の場合、往々にして昼過ぎだったが)、その溢れ出た水の中で溺れそうになっていた。でも今では砂漠の中で一滴の水を探し歩いているような毎日だ。ツケは必ずまわってくる。対価は支払わなくてはならない。

吉田拓郎がマークIIの中で

『年老いた男が川面を見つめて、時の流れを知る日が来るだろうか』

と歌っているが、今その心境が少しは分かるような気がする。

ただ彼女はそんな時間の洪水の中で、ただ流されて漂うだけのボウフラ学生とは違って、何にでも最短距離を通って目標を達成できるよう、キチンと計画を立てて、それをコツコツ実行するような才女(いわゆる”生徒会長”のような)タイプだった。

彼女はまた決断の早さと行動力も優れていて、たとえば思い立ったらシベリア鉄道に乗り込んで、大陸縦断の一人旅をするようなことも平然としていた。

これも今になってよく分かるのだけど、”世界の広さ”というのは、実際にそこにいって体感したものだけが獲得するものであって、たとえばどれほどグーグルアースで各地の隅々をながめたとしても、それは知識だけでその世界の”広さ”を獲得したわけではないのだ。

そういった意味において、彼女はすでに一般的な学生よりも、広大な”世界”を獲得していたし、それに対して僕といえば、地方都市の狭い井戸の底で日々、右往左往する”小さな世界”の蛙(カワズ)でしかなかった。

そんな彼女がその場のノリとはいえ、友達とバカバカしいゲームをすることもあるんだと妙に感心したのと、それと同時にいつも”最短距離”を選択し、広い世界を獲得し続ける彼女が、さしたる目標もなく、ダラダラと時間を浪費している、遠回りタイプ(”足踏み”というべきか?)で、小さな世界に満足して過ごしている僕と一緒にいることについても、それはとても不思議なことだった。

彼女の話によると、ゲームの最初のお題は『万里の長城』だった。何回か彼女以外の友達が負けた。その度に通りの通行人を捕まえて、…それは得意先まわりの会社員だったり、散歩中のお年寄りだったりした… その場所の方角と、そこにたどり着くまでの交通手段を赤面しながら尋ねたらしい。(彼女がいうには実際にやってみるとかなり恥ずかしいということだった)

彼女たちの暇つぶしに捕獲された気の毒な通行人のほとんどは、困惑したり、ときには苦笑いしながらも、その無意味なイタズラに”真面目”につき合ってくれたようだった。

そしてお題の場所にたどり着く方法(交通手段とか)の返答の仕方ははそれぞれ違ったけれど、方向を尋ねたときだけは、皆共通して地平線に近い低い空を眺めて、その場所の在るべき方角を腕を上げて指差した。

ゲームというものはクリアーされ、進行していくごとに難易度は高く設定されていく。
最初のお題の『万里の長城』が『ガンダーラ』になり、さらに『スフィンクスのいる砂漠』になった。(僕としてはガンダーラの方が超難問に思えるのだが)

そしてとうとう彼女が負ける番が回ってきた。そのときのお題がまさに『北極』だった。
映画の上映開始時間がせまってきたので、僕は注文していたサンドイッチと緑色のクリームソーダを少し急いで食べる必要があった。僕は幼少期からの習慣みたいなもので、喫茶店でサンドイッチとクリームソーダ(緑のものに限る)を注文するのが好きだった。もちろん今ではもうしない。

そして”サンドイッチとクリームソーダの組み合わせ”と同じくらい、映画が始まる前のCM、つまり”上映予定映画のダイジェスト”を観るのが好きなのだけど(こちらは今でも好きだ)、その時間と引き換えにしても彼女の話の続きを聞きたかった。後回しではなく、今すぐに。そこには何かしら予感めいたものがあったのかもしれない。

彼女が選んだ通行人は30代の”たぶん”若い植木職人だったらしい。”たぶん”というのは、彼女が考える植木職人というのは、だいたい50歳以上をイメージしていたし、見かけがどんな服装をしていて、どんな道具を持ち歩いているのかよく知らなかったからだ。

その若き通行人は作業用の黒っぽいグレーのジャンパーを着てジーンズを履き、肩に大きな鞄をぶらさげていた。腰に巻きつけられたベルトには何種類かのハサミがかけられていて、手には竹ぼうきを持っていたので、”植木職人”とそう判断したのだった。

「あのう…ちょっとすいません…」

彼女は気の毒な若い植木職人に声をかける。

若い植木職人は自分に声をかけられたのかを、いまひとつ確信がもてないまま、返事をせずに彼女の方を振り向く。

「ええっと、北極に行くには、どっちの方向ですか?」

(きっと彼女は顔を赤らめながら尋ねたのだろう)

そして若い植木職人は、間違いなく自分に声がかけられたのを認識できて少し安心するも、すぐまた戸惑うことになる。

「えっ? 北極…ですか? シロクマのいる、あの北極?」

「はい…その北極です…スイマセン…」

若い植木職人は彼女の態度をみて、すぐさまそれが何かのイタズラやゲームの類だと理解したようだった。

ただ彼はそれまでの通行人とは違う方角の示し方をした。つまり腕を上げ、その方向を指差したりはしなかった。

「…それだったら、北極星のある方角ですね。春夏は北斗七星を、秋冬はカシオペア座を眺めるといいですよ」

でも、それでは夜しか”歩けません”よね?

「だったら昼間は切り株の年輪をみてはどうかな。北極の方角は間が詰まってるから。ところで北極には歩いて行くの? ずいぶんと時間がかかるね」

若い植木職人は笑いながら彼女に尋ね返す。

次の質問を先取りされた彼女は少し慌てながら、答える。

「そうなんです。それ以外の方法が思いつかなくて。北極まで行くのに、どうすればショートカットして”最短”で行けますか?」

若い植木職人はほんの少しだけ考えて、彼女に自分が手に持っていた竹ぼうきを差し出した。
「よかったら、これ使ってみるかい?」

ゲームはその回で終了した。

「どう? 素敵でしょう!」

ここまで話してから、彼女はうっとりとした目をして(少なくとも僕にはそう見えた)、喫茶店の窓越しに通行人を眺めた。若い植木職人はそこには居ない。おそらく彼女が偶然また彼に出会う確率もまずあり得ないだろう。それでも僕は彼に猛烈なヤキモチを焼かずにいられなかったし、同時に不吉な未来を確信したのだった。いつか必ず、それも近い将来、広い世界観を持った、最短距離を行く”大人な誰か”に彼女を奪われてしまうのだろうと。そして嫌な予感というのは、いつもだいたい当たるのだ。

そしてその後、僕たちは映画館に向かった。

主人公の少女がホウキに乗って空を飛ぶ映画…『魔女の宅急便』を観るために。
やがて彼女は大学を卒業して(僕は半年間の留年をして、ちょうどその頃フラれた)、優良企業に就職して、最短距離で出世をして、最短距離で外国人と恋に落ちて結婚し、彼の住む北欧へと嫁いで行った。

北欧に行くには、北極回りの航路で飛行機に乗ったのだろう。最短距離をとるのがきっと今でも彼女の流儀なのだ。



ちょうどカクテルに『ポーラ・ショート・カット』というネーミングのものがある。ラムベースの赤くて、強くて、少しだけ甘いカクテル。

1957年にコペンハーゲンと東京間の北極回り航路開設を記念したカクテル・コンペで優勝したものだ。(念のために説明すると、たとえば日本からヨーロッパに行くとき、北極回りをする方が航路が短く、つまりショートカットできる)




そしてつい最近のことなのだが…

休日、僕は家を出て、北の大通りに昼食をとるために蕎麦屋に出かけた。ミシュランで星をとったので、なかなか入るのが困難になった店なのだけど、その日は僕にしては珍しく並ぶのを覚悟してそこに向かった。

その途中、あともう少しで件の蕎麦屋に着くというところで、不意に背中から声をかけられた。若い女性の声だった。

「あのう…小世界はどこですか?」

あれから30年あまり過ぎている。

まだそのゲームをしているやつがいるのかと、信じられなかったが、振り返るとそこには現実に若い女性が確かにいた。

それにしても”小世界”ってなんだ?

『万里の長城』から何回ゲームを続ければ『小世界』なんて難易度の高いところにたどり着くのだろう。

「これに乗って自分で探してこい!」

と、竹ぼうきを叩きつけてやりたかったが、僕は竹ぼうきを持ちながらミシュランで星をとるような小洒落た蕎麦屋に行ったりはしない。いくら井戸の中の蛙でも、そのくらいの常識はわきまえているのだ。

よく見るとその女性は大きなスーツケースを手に持っていた。もう片方の手には紙切れ。それは地図であり、その女性はアジア系の外国人旅行者だった。

地図には”正確”に読むと『小世界旅社』と書いてあった。そういえば僕の住んでいる家の南の大通りの方に、そんな名前の民泊のような場所があったのを思いだした。ただそこは入り組んだ細い路地にあり、僕の語学力では外国人にそこを説明するのは不可能に思えた。(もしかしたら日本人にさえ難しかったかもしれない)

仕方がないので、目前の蕎麦屋に背を向けて、

「れっつごー、つぎゃざー」

ということになった。



その旅行者は台湾から来たようだったが、そのくらいしか聞くことができず(あとは何日くらい日本に滞在するのかを聞いた気がする)、それ以外は黙って目的の”小世界”まで歩いた。

その沈黙の間、僕はあれからいったいどのくらい自分の世界が広がったのたろうか? と、これまでに流れ去った川の水のことを思った。それとあのウイットに富んだ若き植木職人は今頃どうしているのだろうか? というようなことを。

歩くこと15分くらいで目的の『小世界旅社』に着いた。台湾からの旅人はお礼をいったあと、出迎えた彼女の旅行仲間たちと小さな世界の入り口にある暖簾を潜って中に消えていった。僕は境界線のような路地に1人残され、家を出たときよりも更に遠くなった小洒落た蕎麦屋のことを思い、そして途方にくれた。

結局、蕎麦はあきらめ、小世界の裏側にある、大通りのタコ焼き屋にいってタコ焼きとイカ焼きが入った”Aセット”を注文した。ここはたぶんミシュランとは永遠に無縁だろうけど、蕎麦屋と違って待たなくてもすぐ買えるのがいいところだ。川の水は残り少ない。

静かな昼下がり。Aセットの包みをぶら下げながら家に帰る途中で考えた。結局のところ、今日、僕は遠回りをしたのだろうか? それともショートカットしたのだろうか?



2017年5月26日金曜日

スピリッツってなんでしょう?

「スピリッツって、なんですか?」

barをやっていると、たびたび受ける質問です。

「美味しんぼ…とかが連載されてる漫画雑誌です」(まだやってるのか?)…とは答えてはいません。

もちろん、お酒、アルコールのお話です。

お酒には大きく分けて、2種類あります。

醸造酒と蒸留酒です。

醸造酒というのは、原材料をバクテリアの力を借りて、発酵させて造る種類のお酒のことです。たとえば、お米を使って日本酒、葡萄を使ってワインといった具合に。これらのお酒は人工的な手法を使って、アルコール度数を上げることはされません。(アルコール添加された日本酒などは除く)

さて、思い出してみて下さい。

アルコール度数が40%の日本酒のラベルをみたことがありますか? アルコール度数が50%のワインを飲んだことがあるでしょうか?

絶対にないはずです。

なぜなら、そんなものはこの世に存在しないからです。

超簡単に説明します。

日本酒もワインも原料の米や葡萄を液化して、それをバクテリアがアルコールとガスに分解して造られます。そして発酵がどんどん進むとアルコール度数も上がっていきます。
さて、ここで問題です。

仮にアルコール40度のワインを造ろうとしたとします。発酵をどんどん進行させていきます。

でも、アルコール度数40度のワインは絶対にできません。なぜなら、発酵の途中で”バクテリアが自分で造ったアルコールに自分自身が滅菌消毒されて、20%(正確な数字は忘れた)くらいの地点で全滅するから”です。

つまり自然の力だけで造れるアルコール度数の限界はかなり低いところにあって、焼酎やウイスキー、ジン、ウオッカなどの40度を超える高アルコール度数のお酒は、人工的にしか造れません。

人工的にアルコール度数をあげる方法を、『蒸留』といい、”蒸留機”を使って、できた高アルコール度数のお酒の総称を『蒸留酒』といいます。簡単にいうと、醸造酒を蒸留機を使って、人工的に水とアルコールに分離させて、度数を高めていく方法です。

”蒸留”は中世の錬金術の実験過程で、偶然に発見されたともいわれていますが、不老不死の霊薬を作っていて、偶然にできた蒸留酒。それを飲んだ中世の錬金術師たちは、もちろん、それまでに醸造酒しか飲んだことがないから、高アルコールによって急速に酔いが回り、心臓がバクバク波打ち、それこそ本当にスピリッツ=魂、命の元と考えたのかも知れません。

さて、この人工的にアルコール度数を高めた蒸留酒のことを、一般的にスピリッツといいます。

とくに樽で熟成していない、透明の蒸留酒(ジン、ホワイトラム、ウオッカ、テキーラ・ブランコ)のことを、ホワイトスピリッツといい、概ね、《スピリッツ=ホワイトスピリッツ》のことを指していう場合が多いです。



先日、『共謀罪』が衆院を通過しました。

その前後のニュースで幾つかの醜聞も明るみに出ました。でも大手メディアは豆粒ほどの報道でお茶を濁し、知らん顔。世間は相変わらず静かで、支持率は高いまま。声を出すのはいつもと同じ人々。

そんな折、お客様から久しぶりに「スピリッツって何ですか?」と聞かれ、上記の説明をしていたのですが、途中からボンヤリと別のことも同時に考えていました。

『安倍一味が”自らの作った共謀罪で、自分自身がいちばん最初に滅菌されるべき”ではないのか? バクテリアは低アルコールでも消滅するけど、安倍一味は反支持率40%くらいでは滅菌されないし、なんとか”蒸留”できないものか…』などなど。

もちろん、接客中にこんなことは声には出してはいませんが。ただ少し”スピリッツ”の話には続きがあります。

「スピリッツといえば、イーグルスのホテルカリフォルニアという曲が有名ですが、ご存知ですか?」

そこに”スピリッツ”という歌詞が、ダブルミーニングで使われています。(ただ書いた本人は否定しているらしいですが…上記にもあるように、ワインはスピリッツじゃないし)

So I called up the Captain,
“Please bring me my wine”
He said,
”We haven’t had that spirit here Since nineteen sixty-nine”

いわく、

「ワインを持ってきてくれないか」

「あいにく、そのような”スピリッツ”は1969年以降、当ホテルにはご用意がございません」

* ホテルのバーにスピリッツがないことと、69年以降、ロック界が商業主義に陥り、魂を失ったことを二重に含ませています。

まあ、当人が言ってるのだから、”違う”のでしょうが(くどいようですが、ワインはスピリッツじゃないし)、あまりにも有名なこの解釈、このままの方が好きですけどね、カッコイイし。

さて「スピリッツって何ですか?」

2012年以降、日本の多くのマスメディアが失くしたものが、それです。

But…
Welcome to the bar tsukuyomi.
幾つものスピリッツを取り揃えて、お待ちしております。


2017年5月19日金曜日

慶事

誠に恐れ入りますが、

2017 5月 20日 (土曜日)

は、慶事のため、Bar月読は臨時休業とさせて頂きます。


ご迷惑をおかけ致しますが、ご了承ください。







2017年4月13日木曜日

夜の帳

『夜の帳』というコトバが昔から好きで、なぜ好きかというと、そこに意味などなく、ただ単に”好き”なのだ。

よく『月読』という屋号はどうして名付けたのですか? という質問をお客様や雑誌の取材時にいただく。

便せん上、「夜のカミサマである月読命にあやかって(バーだから)、ご利益がありますことを願って」と答えるのだけれど、本当は名付けた意味なんてなく、ただコトバの響きが好きだっただけなのだ。



それと同じように『夜の帳』というコトバの響きに強く惹かれてしまう。

毎年、春になると店の窓一面に桜の花を見ることができる。もちろん桜の花は好きなのだけど、桜の花が咲くとき、この窓から見える景色の中でいちばんに好きなのは、じつは花ではない。

日没時、薄紅色の花がそこにあることによって、夜の帳が降りてくる様がはっきりと見てとることができて、それがこよなく好きなのだ。

やわらかい春の光に包まれた景色に、夜の帳が降りてくる。誰もが言うように、やはり夜の帳の色は青なのだ。

逢魔が時。一瞬、どこかに連れていかれそうになる、妖しい青。