昨日、bar月読が始まって以来(約12年以上の間)、初めてご注文いただいたカクテル。
『サッポロ』
レシピ確認のため、こそっとアンチョコ見ました。w
ちなみに”アンチョコ”って、語源は”安直”らしいです。
そして閉店後、片付けものしながら、鼻歌で石原裕次郎の『恋の町札幌』を歌った安直なワタクシ…
♪時計台の 下で逢って
わたしの恋は はじまりました
だまってあなたに ついてくだけで
私はとても 幸せだった
夢のような 恋のはじめ
忘れはしない 恋の町札幌♪
札幌は寒いだろうけど、京都もまだまだ寒いです。
SINCE 2004
京都の繁華街から外れた場所。
ジャズレコード、蓄音機、シーメンスのスピーカー、ビリヤード台、昭和歌謡、古書…シングルモルトをはじめとする蒸留酒とスタンダード・カクテル。
外の世界とは少しだけ時間の流れが違う場所。
詳しくはオフィシャルサイトをご覧下さい
2017年2月24日金曜日
2017年2月22日水曜日
いざ! 鎌倉
結婚する何ヶ月前だったか、もう忘れてしまったのだけど、彼女の母方の祖母が亡くなったので鎌倉まで行ったことがある。(いま嫁に確認したら結婚式の一年以上前だった)
店の営業が終わってから、ほぼ徹夜で新幹線に飛び乗って、乗り換えて、乗り換えて、江ノ電に乗った。降りたのが何という名前の駅だったかも忘れてしまった。確か『チャーミーグリーン』のCMに使われた”坂”がある街だったように聞いた記憶がある。
初めての鎌倉。
初めての顔合わせ(親戚の方々と)。
まさか、”家族席”に座ることになるとは思ってもみず。
…でもまあ、流れに任せて(それ以外に選択肢はない)、まな板の上の鯉になるしかない。
式が始まるのを待ちながら、この場合、僕は”参列”になるのか、”列席”になるのか、どっちなんだろうとか、徹夜明けのボヤけた頭でどうでもいいことを考え続けていた。
さて、お坊さんがお経を読んでいる間、問題が発生した。
それは大問題だった。
昨日の夕方から何も食べていない。新幹線の中でも、眠るつもりだったので、何も買ったりしてなかった。(結局、眠れなかったし)
人間、大抵の生理現象は短時間ならなんとか抑え込むことが出来る。そこは精神力だ。でも、お腹の虫が鳴く音は自分の意思でコントロール不能だ。
…しかし、だ。
”ここ”ではいけない。
人生の中で、いったいお腹の虫が何回くらい平均して鳴くのか知らないが、”今この場”は最もあってはならない場面ではないか。選りに選って、ここで鳴くか⁉︎
気のせいか、鳴く音が少しずつ大きくなっているし、間隔も早まってきている気がする。
しかしホントに自分ではどうしょうもないのだ、お腹の虫の音。
で、どうしたか。
連想した。
何か食べなきゃいけない→食べ物はない→あったとしても食べられない→空腹を抑えるときどうするか?→水をたくさん飲んでやり過ごす→水もない→じゃ、空気を飲もう
というわけで、式中ずっと目立たないように大きく息をパクパク吸って、お腹に送り込み続けたのだった。そのおかげで、たぶん見た目が本物の”(まな板の上の)鯉”になってたはずだ。
その日、夜から店を開けるので、一足早く失礼させてもらった。
江ノ電の駅(JRだったかも)で蕎麦を食べた。
鎌倉の店のBGMは、どこでもサザンがかかってるのかと想像していたのに、その蕎麦屋ではミッシェルポルナレフがバラードを歌っていた。
江ノ電に乗って移動中、途中の駅では小泉今日子と中井貴一がドラマのロケをやっていた。
やはり鎌倉は、お腹の虫が鳴ってはいけない街なんだとシミジミ思った。
よく「ご飯のかわりに酒を飲む」という人がいるけど、僕はまず”食べる”が優先だ。
写真はちょっと珍しい、”肉料理に合うジン”というコンセプトのシンケンヘーガー。
ラベルに肉が描かれてるの、たぶんこの酒だけじゃないかな。
店の営業が終わってから、ほぼ徹夜で新幹線に飛び乗って、乗り換えて、乗り換えて、江ノ電に乗った。降りたのが何という名前の駅だったかも忘れてしまった。確か『チャーミーグリーン』のCMに使われた”坂”がある街だったように聞いた記憶がある。
初めての鎌倉。
初めての顔合わせ(親戚の方々と)。
まさか、”家族席”に座ることになるとは思ってもみず。
…でもまあ、流れに任せて(それ以外に選択肢はない)、まな板の上の鯉になるしかない。
式が始まるのを待ちながら、この場合、僕は”参列”になるのか、”列席”になるのか、どっちなんだろうとか、徹夜明けのボヤけた頭でどうでもいいことを考え続けていた。
さて、お坊さんがお経を読んでいる間、問題が発生した。
それは大問題だった。
昨日の夕方から何も食べていない。新幹線の中でも、眠るつもりだったので、何も買ったりしてなかった。(結局、眠れなかったし)
人間、大抵の生理現象は短時間ならなんとか抑え込むことが出来る。そこは精神力だ。でも、お腹の虫が鳴く音は自分の意思でコントロール不能だ。
…しかし、だ。
”ここ”ではいけない。
人生の中で、いったいお腹の虫が何回くらい平均して鳴くのか知らないが、”今この場”は最もあってはならない場面ではないか。選りに選って、ここで鳴くか⁉︎
気のせいか、鳴く音が少しずつ大きくなっているし、間隔も早まってきている気がする。
しかしホントに自分ではどうしょうもないのだ、お腹の虫の音。
で、どうしたか。
連想した。
何か食べなきゃいけない→食べ物はない→あったとしても食べられない→空腹を抑えるときどうするか?→水をたくさん飲んでやり過ごす→水もない→じゃ、空気を飲もう
というわけで、式中ずっと目立たないように大きく息をパクパク吸って、お腹に送り込み続けたのだった。そのおかげで、たぶん見た目が本物の”(まな板の上の)鯉”になってたはずだ。
その日、夜から店を開けるので、一足早く失礼させてもらった。
江ノ電の駅(JRだったかも)で蕎麦を食べた。
鎌倉の店のBGMは、どこでもサザンがかかってるのかと想像していたのに、その蕎麦屋ではミッシェルポルナレフがバラードを歌っていた。
江ノ電に乗って移動中、途中の駅では小泉今日子と中井貴一がドラマのロケをやっていた。
やはり鎌倉は、お腹の虫が鳴ってはいけない街なんだとシミジミ思った。
よく「ご飯のかわりに酒を飲む」という人がいるけど、僕はまず”食べる”が優先だ。
写真はちょっと珍しい、”肉料理に合うジン”というコンセプトのシンケンヘーガー。
ラベルに肉が描かれてるの、たぶんこの酒だけじゃないかな。
2017年2月1日水曜日
折れた煙草は吸えません
クレタ人はいつも嘘をつく。
クレタ人である預言者がいいました。
「クレタ人はいつも嘘をつく悪い獣だ・・・」と。
『嘘つきパラドクス』の一節。 (実際はパラドクスではない)
誰かが「自分は嘘をついている」という。さて、それは本当のことを言っているのか、そもそも、それが嘘なのか?
“嘘つき“といえば有名なナゾナゾもある。
旅人のあなたは分かれ道にやってきた。 片方は正直村に、もう片方は嘘つき村へと続いている。正直村の住人は必ず正直な答えを言うが、嘘つき村の住人は必ず嘘の答えを言う。旅人は正直村に行きたいのだが、どちらの道が正しいのかを知らない。 そこに村人がやってきた。この村人はどちらの住人かはわからない。
旅人はこの村人に一回だけ質問をすることができる。はたしてその一度の質問で旅人は正直村に行く道を知ることができるだろうか?
答えは――――――― 。
もうけっこう長いつきあいになる小説家の友人(女性)がいる。世の中に”小説家”というものを生業にしている人が、いったい何人くらいいるのかは知らないが、たぶん珍しい部類にはいる友人なのだろうと思う。
まだ彼女が小説家ではなかった頃、もとは月読のお客様だったのだけど、彼女とは妙にウマがあったのだ。
理由はわかっている。僕が会話というキャッチボールを誰かとするとき、ときどき野球のボールではなく、何か変わったボールを投げてしまい、相手を不快にさせたり、もしくは退屈させたりしてしまうみたいで、でもその友人は僕と同じ種類のボールを投げるのが好きで、グローブも僕よりずっと大きなものを持っていたからだ。まあ俗にいう“メンドクサイ会話”が二人とも好きなのだ。
それで“店と客”だけではなく、たまにお互いの夫婦を家に招いて食事をしたりするようになった。
作家になってから、彼女は律儀にも新刊が出るたびに月読に届けてくれていて、たまに作品の中に月読の風景をそっと登場させてくれたりもしている。(もちろん屋号は出ていない)それは店の窓から見える電柱だったりするのだけれど、もしかしたら僕の思いすごしも多分にあるのかもしれない。
あるときはこんなこともあった。
「マスター、今度の本にこの前、マスターが言ってたセリフを使わせてもらいました」と。
この前っていつだ…? いったい僕はどんなことを彼女に言ったのか? 訊いたけど教えてはくれなくて、「探してみてください」という。
ハラハラしながらそのセリフを探したが、さっぱり覚えていないので結局わからないままだ。
そんなことが色々ありつつ、昨年末、彼女が新刊をもってきてくれた。それは何人もの小説家の作品が載っている月刊誌だった。
「今回はエッセイで短いですけどね。あと、少しだけ月読のことを書かせてもらいました。事後報告でごめんなさい」と彼女がいう。
内容は彼女の自伝的なもので、月読が載っているとはいっても、読者にわかるほどのこともなく、ほとんど”通行人A”みたいな感じで、わざわざ断りを入れなければならないようなものではなかった。それどころか作品に少しでも使ってもらえるのはありがたいことだと思う。
その時間、お客様は彼女しかいなかったので、僕はカウンターの中で立ったまま、その月刊誌をパラパラと流し読みをした。月読がどんな風に登場しているのかを知りたかったからだ。本題である彼女の自伝的な部分は、読まなくても”もう知っていること”だった。たった2ページに凝縮された半生は、今まで彼女と話した時間に比べるとずいぶんと短い。
さっと読み流し、彼女のほうを見ると、「“ここ”(私の目の前)で読まないで下さい」と珍しく照れくさそうな顔をした。それが“小説“であるときはそんな表情はけっして見せないのだろうけど、自分自身について書いたエッセイは、はやり彼女でも―――つまりプロの作家でも恥ずかしいものなのだろうか?
僕がそう思ったのを感じ取ったのかどうかわからないが、すぐそのあとで彼女が付け加えるみたいにこういった。
「作家は嘘つきですから」
もともと彼女の瞳は猫のようだと思っていた――――が、少し光った気がした。
嘘つきですから
嘘つきですから
嘘つきですから…
僕の頭の中で、そのセリフが繰り返し繰り返し、妙に印象に残った。
エッセイに書かれていた内容は、今までに彼女の口から聞いて知っていたものと相違はなかった。嘘ではない。
では、いったいなにが嘘なのだろう。
「嘘つきですから」 ――― 嘘つきの嘘は真実か?
「嘘つきですから」 ――― 正直村に行くにはどちら?
僕はナゾナゾの答え、正直村への行き方を知っている。だけど彼女のいった“嘘“について辿り着く方法を知らない。でもそれでいいのだ。
たぶん「バーテンダーも作家に負けず劣らず、かなりの嘘つきなのだから」。
ところで、意外なことにカクテルの名前に“嘘つき”(ライアー)とか“正直”(オネスティー)とかいうネーミングのものはない。個人の店などで創作されたものはあるかも知れないけど、スタンダードカクテルにはない…ありそうなのにね。
だからなにかのカクテルを“嘘”にこじつけて紹介しようかとも思ったけれど、やっぱりやめておくことにした。
だって僕は正直村の住人だから ――― さて、このウソ…
クレタ人である預言者がいいました。
「クレタ人はいつも嘘をつく悪い獣だ・・・」と。
『嘘つきパラドクス』の一節。 (実際はパラドクスではない)
誰かが「自分は嘘をついている」という。さて、それは本当のことを言っているのか、そもそも、それが嘘なのか?
“嘘つき“といえば有名なナゾナゾもある。
旅人のあなたは分かれ道にやってきた。 片方は正直村に、もう片方は嘘つき村へと続いている。正直村の住人は必ず正直な答えを言うが、嘘つき村の住人は必ず嘘の答えを言う。旅人は正直村に行きたいのだが、どちらの道が正しいのかを知らない。 そこに村人がやってきた。この村人はどちらの住人かはわからない。
旅人はこの村人に一回だけ質問をすることができる。はたしてその一度の質問で旅人は正直村に行く道を知ることができるだろうか?
答えは――――――― 。
もうけっこう長いつきあいになる小説家の友人(女性)がいる。世の中に”小説家”というものを生業にしている人が、いったい何人くらいいるのかは知らないが、たぶん珍しい部類にはいる友人なのだろうと思う。
まだ彼女が小説家ではなかった頃、もとは月読のお客様だったのだけど、彼女とは妙にウマがあったのだ。
理由はわかっている。僕が会話というキャッチボールを誰かとするとき、ときどき野球のボールではなく、何か変わったボールを投げてしまい、相手を不快にさせたり、もしくは退屈させたりしてしまうみたいで、でもその友人は僕と同じ種類のボールを投げるのが好きで、グローブも僕よりずっと大きなものを持っていたからだ。まあ俗にいう“メンドクサイ会話”が二人とも好きなのだ。
それで“店と客”だけではなく、たまにお互いの夫婦を家に招いて食事をしたりするようになった。
作家になってから、彼女は律儀にも新刊が出るたびに月読に届けてくれていて、たまに作品の中に月読の風景をそっと登場させてくれたりもしている。(もちろん屋号は出ていない)それは店の窓から見える電柱だったりするのだけれど、もしかしたら僕の思いすごしも多分にあるのかもしれない。
あるときはこんなこともあった。
「マスター、今度の本にこの前、マスターが言ってたセリフを使わせてもらいました」と。
この前っていつだ…? いったい僕はどんなことを彼女に言ったのか? 訊いたけど教えてはくれなくて、「探してみてください」という。
ハラハラしながらそのセリフを探したが、さっぱり覚えていないので結局わからないままだ。
そんなことが色々ありつつ、昨年末、彼女が新刊をもってきてくれた。それは何人もの小説家の作品が載っている月刊誌だった。
「今回はエッセイで短いですけどね。あと、少しだけ月読のことを書かせてもらいました。事後報告でごめんなさい」と彼女がいう。
内容は彼女の自伝的なもので、月読が載っているとはいっても、読者にわかるほどのこともなく、ほとんど”通行人A”みたいな感じで、わざわざ断りを入れなければならないようなものではなかった。それどころか作品に少しでも使ってもらえるのはありがたいことだと思う。
その時間、お客様は彼女しかいなかったので、僕はカウンターの中で立ったまま、その月刊誌をパラパラと流し読みをした。月読がどんな風に登場しているのかを知りたかったからだ。本題である彼女の自伝的な部分は、読まなくても”もう知っていること”だった。たった2ページに凝縮された半生は、今まで彼女と話した時間に比べるとずいぶんと短い。
さっと読み流し、彼女のほうを見ると、「“ここ”(私の目の前)で読まないで下さい」と珍しく照れくさそうな顔をした。それが“小説“であるときはそんな表情はけっして見せないのだろうけど、自分自身について書いたエッセイは、はやり彼女でも―――つまりプロの作家でも恥ずかしいものなのだろうか?
僕がそう思ったのを感じ取ったのかどうかわからないが、すぐそのあとで彼女が付け加えるみたいにこういった。
「作家は嘘つきですから」
もともと彼女の瞳は猫のようだと思っていた――――が、少し光った気がした。
嘘つきですから
嘘つきですから
嘘つきですから…
僕の頭の中で、そのセリフが繰り返し繰り返し、妙に印象に残った。
エッセイに書かれていた内容は、今までに彼女の口から聞いて知っていたものと相違はなかった。嘘ではない。
では、いったいなにが嘘なのだろう。
「嘘つきですから」 ――― 嘘つきの嘘は真実か?
「嘘つきですから」 ――― 正直村に行くにはどちら?
僕はナゾナゾの答え、正直村への行き方を知っている。だけど彼女のいった“嘘“について辿り着く方法を知らない。でもそれでいいのだ。
たぶん「バーテンダーも作家に負けず劣らず、かなりの嘘つきなのだから」。
ところで、意外なことにカクテルの名前に“嘘つき”(ライアー)とか“正直”(オネスティー)とかいうネーミングのものはない。個人の店などで創作されたものはあるかも知れないけど、スタンダードカクテルにはない…ありそうなのにね。
だからなにかのカクテルを“嘘”にこじつけて紹介しようかとも思ったけれど、やっぱりやめておくことにした。
だって僕は正直村の住人だから ――― さて、このウソ…
2017年1月10日火曜日
Yな人生
原チャリに乗っての通勤途中、信号待ちしながら目の前に止まっている車のテールマークを眺めていて、ふっと思う。
初めて英語を習うとき、アルファベットの歌を覚える。
♫ABCDEFGー、
♩HIJKLMNー、
🎶OPQRSTUー、
♪VW&XYZ.
…っやつ。
このいちばん最後の節、”VWXYZ”。
これが問題だ。
例えば車。(そんなに詳しくないけど)
フェアレディZとかセリカXX(ダブルエックス)とか。
あと、VはVサインとか、ビクトリー。それからWはウインに、古いところではWライダーとかもあるぞ。(知らないだろうな…)
ついでにいうΖガンダムとかもある。
えーっと、結局、何がいいたいのかというと、まわりの文字はみんなカッコいい象徴とか代名詞的に使われるのに、何故だか”Y”だけがイケてない。なんでだろ?
五つの文字仲間のうち、四つまでもがカッコいい象徴に使われるのに、Yだけが取り残されている。黄レンジャーみたいなものか? イエローはYだし…
車の名前みたいに、試しにカクテルにつけてみた。
Vマティーニ
Wマティーニ
マティーニXX(ダブルエックス)
マティーニZ
Zマティーニ(ゼータマティーニ)
では、Yマティーニもしくは、マティーニY。
…ダメだ。やはりどうにも宜しくない。
そんなことを信号待ちの数十秒の間に考えながら、再び原チャリで走り出す。そしてまた走りながら考える。
そういえは、今までの人生のなかで、自分は”Y”っぽいなあーと考えたことも多々あった。
まわりのみんながカッコ良く思えたり、頑張ってるなあ、と思うのに、いったい自分は何やってんだろ?…とか。
学生の頃から僕は、クラスのなかでも割とモテるタイプの友人と行動をともにすることが多かった。そのおかげで、卒業後、偶然おなじクラスや学年の女子に会っても、「ああ、(カッコいい)○○君といつも一緒にいた人ね」という、悲しい思い出されかたをする。
ああ、なんというYな人生だろう。
今はただひたすら待っている。
トヨタでもホンダでもいいから、カッコいい車の名前の前後に”Y”という象徴を付けてくれることを。
アルファベットの名前のついたカクテルをひとつ。
カクテル XYZ
初めて英語を習うとき、アルファベットの歌を覚える。
♫ABCDEFGー、
♩HIJKLMNー、
🎶OPQRSTUー、
♪VW&XYZ.
…っやつ。
このいちばん最後の節、”VWXYZ”。
これが問題だ。
例えば車。(そんなに詳しくないけど)
フェアレディZとかセリカXX(ダブルエックス)とか。
あと、VはVサインとか、ビクトリー。それからWはウインに、古いところではWライダーとかもあるぞ。(知らないだろうな…)
ついでにいうΖガンダムとかもある。
えーっと、結局、何がいいたいのかというと、まわりの文字はみんなカッコいい象徴とか代名詞的に使われるのに、何故だか”Y”だけがイケてない。なんでだろ?
五つの文字仲間のうち、四つまでもがカッコいい象徴に使われるのに、Yだけが取り残されている。黄レンジャーみたいなものか? イエローはYだし…
車の名前みたいに、試しにカクテルにつけてみた。
Vマティーニ
Wマティーニ
マティーニXX(ダブルエックス)
マティーニZ
Zマティーニ(ゼータマティーニ)
では、Yマティーニもしくは、マティーニY。
…ダメだ。やはりどうにも宜しくない。
そんなことを信号待ちの数十秒の間に考えながら、再び原チャリで走り出す。そしてまた走りながら考える。
そういえは、今までの人生のなかで、自分は”Y”っぽいなあーと考えたことも多々あった。
まわりのみんながカッコ良く思えたり、頑張ってるなあ、と思うのに、いったい自分は何やってんだろ?…とか。
学生の頃から僕は、クラスのなかでも割とモテるタイプの友人と行動をともにすることが多かった。そのおかげで、卒業後、偶然おなじクラスや学年の女子に会っても、「ああ、(カッコいい)○○君といつも一緒にいた人ね」という、悲しい思い出されかたをする。
ああ、なんというYな人生だろう。
今はただひたすら待っている。
トヨタでもホンダでもいいから、カッコいい車の名前の前後に”Y”という象徴を付けてくれることを。
アルファベットの名前のついたカクテルをひとつ。
カクテル XYZ
2016年10月20日木曜日
あなたの幸せ、おいくら万円?
この店(bar月読)はだいたいにおいて暇なことが多いので、お客様と1対1になることは珍しいことではなく、”困ったオーダー”というのは、だいたいそんなときによく受ける。
男性客の場合、オーダーはまずそう難しいものにはならない。あってもマニアックなものがほとんどで、女性客によくある”抽象的オーダー”はまずない。
ちなみにこれまであった”困ったオーダーNo.1”は、
「私、アルコール飲めないので、ソフトドリンクで。ジュースみたいに甘くなくて、炭酸がはいってなくて、ウーロン茶でないもの。あ、牛乳もキライです」
が、そうだ。
…うちはコーヒーも紅茶もおいていないので、どう考えても水しかないよな…と思いつつ、結局たまたまあった台湾のお茶のティーパックを使ったんだけど、あれ何茶だったんだろ?
あと、よくあるのは、
「私のイメージでカクテルをつくって下さい」
と、いうやつ。
意外に思われるかもしれないけれど、このオーダーはわりと対処しやすい。もともと本人も遊び心で言ってるだけなので、こちらも多少のジョークを交えるか、あとは相手が女性なら鉄板の方程式があるので大丈夫。(次に使えなくなるので、ここでネタバレはしないけどね)
さて、もっとも気を使う、それでいて割とよくある”困ったオーダー”はこういうやつだ。
カウンターの椅子に座るや否や、こちらがご注文を伺うと、
「マスターは今、幸せですか?」
は…?(マスターハシアワセデスカ、そんなカクテルあったっけ?と多少あせる)
ま、まあ、人からはどう見えてるか分かりませんが、幸せだとは思いますよ…たぶん。
「いいですねえ。じゃあ、私も幸せになるカクテル下さい」
嘘みたいな話だけど、本当にこういうパターンは何度もある。
『幸せになるカクテル』
”私のイメージカクテル”と違って、これはどこか潜在的に”本気度”が少しばかり混ざってるようでやっかいだ。つまり”遊び”で返せないので、真面目に対応するしかない。(知人なら激辛カクテルでもつくって、「シアワセはそんな甘いもんじゃねー!」と対応するのだけど)
さて…。
えーっと、あなたの考える幸せの価値は金銭に換算して幾らくらいですか?
「えー、そんなのお金で表せませんよ」
そうですよね。もし値をつけても100万とか1000万とかじゃ全然足りませんよね?
「そうですね…たぶん」
お客様と店、商品のやり取りは等価交換が原則ですから、仮にもし僕が魔法でも使えて”幸せになるカクテル”を本当に作れるとしたら、それだけの代金を頂きますけど、いいですか?w
「それは無理ですねw。 …でもよく”幸運を招く壺”とか、”幸運を呼ぶペンダント”とか売ってるじゃないですか? 幸運になるカクテルはない?」
ああ、そういうのよくありますよね。たぶんそれらを買ったら、その値段の分だけは幸せになれるかもしれませんね、プラシーボ効果で。わかりますプラシーボ?
風邪薬と思い込んでビタミン剤を飲んだら、治ったとかいう、あれです。つまり思い込が実際に作用する、というものですけど。
「じゃあ、世の中にある”幸せになる何か”みたいなのは全部偽物なんですか?」
僕はお化けも妖怪も幽霊も信じてるし、宇宙人もUFOも、ツチノコだって信じてますから、”そういうもの”がこの世の中にある、というのも信じていますよ。
「じゃあ、あるけど、この店にはないのですね?w」
まだ見たこともないですからね。
見つけたらぜひ仕入れたいですけどねえ。
ただ…
「ただ?」
かりにそんなものがあったとしても、それを本当に持ってたり、造ったりできる人は決してそれに値段をつけて売ったりはしませんよ。
「どうして? 等価交換じゃないから?」
それもあるけど、”人生とか運命みたいなものを変えてしまう、責任の重さとか怖さというものを、そういう人はよく知っているからじゃないでしょうか?
それにもし効き目が感じられなかったら怨みを抱く人も中にはいるでしょう? 買値以上の期待値をもって。
そもそもよく考えて下さい。
10万円で幸せになる壺を売ってる人も、1万円で幸せになるペンダントを売ってる人も、あなたがその人を見て、”幸せそうだ”と思えますか?
「うーん、あまり思えないかも…」
幸せじゃない人が”幸せグッズ”を売るって、矛盾しているでしょ?
いいですか、もし本当に”幸せになるモノ”があるのなら、それは売るのじゃなくて、”差し上げる”とか”譲る”ものなんですよ。
そうしてはじめて等価交換になるし、そのモノの効果が発揮されるんだと思いますよ。
「只であげたら、売るよりもっと差がひらいて、それまで以上に等価交換じゃなくなるでしょう?」
いいえ、違います。もしあなたが本当に"幸せになるグッズ”を持っていたとして、それをあなたが手放してでも”あげたい”と思う人は、きっとあなたにとって、とても大切な人でしょう?
”その人が幸せになればあなたが嬉しい”という気持ちと、その人が”(自分が)幸せになれて嬉しい”という気持ちとが限りなく等価交換になるんですよ。
さあ、そろそろご注文を伺いましょうか…
「…お金で幸せは買えないってことですか?」
…
お金で買える幸せもあると思いますよ。”良い、悪い”でなくて、物欲が満たされると幸福感があるでしょう。もちろん僕にもあります。でも、”幸せになるグッズ”が本当にあるなら、それはお金で買える類のものではない、ということですね。
「お金で買える幸せと、そうでない幸せはどう違うのですか?」
…
地球一周が何kmあるか知ってます?
「…わかりません。1万kmくらいですか?」
約4万kmらしいですよ。
「長いんですね…」
つまり世界でいちばん遠い場所は4万km先にあります。あなたにとっても、北極のエスキモーにとっても、上野の西郷さんにとっても、それはみんな同じ距離です。
でも地球一周するんだから、その場所はあなたの背中でもあるんですよ。
つまり世界でいちばん遠い場所と近い場所は同じなんです。メーテルリンクの青い鳥みたいな話になりますけど…
「お金で幸せを買おうとすると、幸運は4万km先に遠ざかる?」
そう考えても構いませんが、僕の言いたいのは少し違います。
”物質的な幸せを追い求める”ということは、”4万km先の場所”という具体的な数字…つまりリアルな目標が出来るということです。
だからといって簡単にクリアできる目標じゃないでしょ?世界一周なんて。
「確かに。私なら聞いただけで諦めますね」
そういう人も多いでしょうし、トライしても途中で脱落する人もいっぱいいるでしょうね。前途多難なイバラの道です。
「でも確かに数字なら実感しやすいですよね。私の幸せまであと3万5千km!…やっぱり遠いなあ。w」
逆にお金で買えない、もしくは換算できない幸せというのは、いちばん近い場所の背中にある。そもそも気がつきにくいし、そこにあると分かっても見えないし、さわれない。でも知ってさえいれば常にあなたと共に”在る”。
いちばん近い場所の幸せは手にふれることはできないけど、いちばん遠い場所の幸せも、そこに向かって歩けば歩くほど途中で気がつくんですよ…結局、進んだぶんだけ背中も移動するから、そこには永遠に届かないんだって。
「なんだ、結局、お金で買える幸せはよくないって話になりますよね」
そうではありませんよ。さっきも言ったように、どちらかが”良い、悪い”の話ではないんです。
今の世の中で、”概念(背中)の幸せ”だけで満足できる人はそうはいないでしょうし、それこそ出家でもしないとね。
それより、いちばん遠い場所と近い場所を把握しつつ、バランス感覚を養って、自分はいったい何を求めていて、それをどこで帳尻合わせするかが大事なんじゃないですか?
「じゃあ、私はどうしたらいいと思います?」
…まずドリンクのオーダーをされては如何でしょうか?w
「あ、そうですね、すっかり忘れてました。…じゃあ、私のイメージで何かカクテルをつくって下さい」
…うっ、二段攻撃できましたか⁈
「え? なんですか?」
いえ、こちらの話ですよ。
アルコール、強くても大丈夫ですか?
「はい。たぶん・・・」
ではカクテルはアラウンド・ザ・ワールド(世界一周)にしましょうか。
2016年9月19日月曜日
2016年7月16日土曜日
ロングバージョン
「ねえ、知ってる? タンカレーの瓶はロンドンの消火栓の形なんだって!」
手に持ったジンライムのグラスを眺めながら、気を取り直したように彼女が再び話しはじめた。
「…ああ、そうだね。けっこう有名な話だよ、それ」
僕は素っ気なく答え、そしていつもと同じように少しだけそれを後悔する。
僕の目の前にあるグラスは、もうほとんど飲み干されていて、彼女の手の中には氷が半分溶けて水割りになったジンライムが、カラカラと何かの死骸のような音をたてている。
「…でもさ、消火栓を真似たなら、どうしてタンカレーの瓶は緑色なの? どうせならちゃんと赤にすればよかったんじゃない?」
彼女はまるでタンカレージンの担当責任者が僕であるかのように、僕の目をまっすぐに見据えながらそう問い詰めてきた。もしこれがチェスのゲームだったら、そのあとに「チェックメイト」が聞こえたはずだ。
「それはね、酔っぱらいが間違って消火栓の中身を飲んでしまわないためなんだよ、きっと」
僕は彼女の目を見ずにそう答えた。
シングルプレイのつもりが、いつか気づけばロングバージョン
似たもの同士のボサノヴァ、ちょっとヘヴィめなラヴソング
タンカレーの”ロングバージョン”、『タンカレーラングプール』。そのままでライムと生姜の風味が特徴。瓶もノーマルのタンカレーより少しだけ大き目です。
手に持ったジンライムのグラスを眺めながら、気を取り直したように彼女が再び話しはじめた。
「…ああ、そうだね。けっこう有名な話だよ、それ」
僕は素っ気なく答え、そしていつもと同じように少しだけそれを後悔する。
僕の目の前にあるグラスは、もうほとんど飲み干されていて、彼女の手の中には氷が半分溶けて水割りになったジンライムが、カラカラと何かの死骸のような音をたてている。
「…でもさ、消火栓を真似たなら、どうしてタンカレーの瓶は緑色なの? どうせならちゃんと赤にすればよかったんじゃない?」
彼女はまるでタンカレージンの担当責任者が僕であるかのように、僕の目をまっすぐに見据えながらそう問い詰めてきた。もしこれがチェスのゲームだったら、そのあとに「チェックメイト」が聞こえたはずだ。
「それはね、酔っぱらいが間違って消火栓の中身を飲んでしまわないためなんだよ、きっと」
僕は彼女の目を見ずにそう答えた。
シングルプレイのつもりが、いつか気づけばロングバージョン
似たもの同士のボサノヴァ、ちょっとヘヴィめなラヴソング
タンカレーの”ロングバージョン”、『タンカレーラングプール』。そのままでライムと生姜の風味が特徴。瓶もノーマルのタンカレーより少しだけ大き目です。
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