今日は月読の初期からの常連さんが遠くに旅に出た日です。だから閉店後、このトモダチと少しだけ飲んでいました。
10才以上も年上で、お客さんでもあるのにトモダチというのは変ですか?
でも以前、彼が仕事仲間に僕を紹介するときに「こいつはダチやな」と言ってくれたので、だから飲むときはトモダチなのです。
僕はこの世にいなくなっても、誰かが覚えている限りその人は死んでいないという、何だったかの言葉を信じています。だからこの場で彼のことを書いているのもトモダチを友達に紹介している感じですかね? 忘れていない証に。
僕は月読をOPENする前に、30年以上続いたジャズバーの最後の幕引き係を請け負いました。彼はその店の初代からの常連客であり、傍若無人の暴れん坊として他のお客様から一目置かれていたのです。(笑)
多くの常連さんは自分が愛して通いつめた店の最後にやってきた、見慣れぬ若造に対して冷ややかでした。(そうでない人も勿論、たくさんいますが)
でも彼が「お前がいちばんこの店に似合ってるな」「お前が最後で良かった」と言ってくれたのは今でも僕の密やかな自慢です。
いよいよその店の幕を引き、月読に移転するとき、彼は「遠くなるしもう行かへんで! せやけど義理で一回だけは顔出したるわ」と言ってたのに、実際は何度となく多くの友人を連れて来てくれました。
結局、彼は逆に多くの義理を僕に背負わせて、ボトルキープして飲みかけのジャックダニエルと吉田拓郎のLPレコードを遺したまま、月読に姿を見せなくなってしまいました。
きっと今夜も拓郎を聴くでしょう。
このトモダチが置いていったLPには収録されていないのですが、彼のことを思い出すとき、どうしても吉田拓郎の『洛陽』とかさなるのです。
―みやげにもらったサイコロふたつ
手のひらでふればまた振り出しに
戻る旅に陽が沈んでゆく ―
ホントに、たまには飲みに来てくださいよ、月読に。
忘れてないからさ。
―献杯―
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