ある村で古く小さな社が台風で壊れたあとの話です。
社の建っていたあとには直径1メートル程のとても深い穴があいていました。
村人が集まり喧々諤々。
やがて警察やマスコミ、学者達もその穴に集まりましたが、どんなに偉い学者が探ってもその穴の底が何処まで続いているのか分かりませんでした。
まるで地球の中心まで届いているような、そんな深い穴です。
誰かが穴を覗き込んで言いました。
「おーい でてこーい」
返事はありません。
次にその男は小石を穴に向かて投げ入れました。
石は音もせずに穴に吸い込まれていきました。
やがて誰にも理解できないこの穴は「埋めてしまおう」ということになったのですが、そこに利権屋が現れます。
村人に立派な集会所を新しく作ることを条件に、その利権屋は村人から穴を買取ります。
そして時が過ぎ、完成した立派な集会所で村人たちの秋祭りが行われている頃、利権屋は官庁を抱き込んで『穴埋め屋』をひっそりと、しかし精力的に始めます。
その穴埋め屋のいちばんの取引先は原子力発電所でした。
「核廃棄物を処理するにはもってこいの穴ですよ!!」と。
全国の原子力発電所は核廃棄物をこぞってこの穴に捨てる契約を行いました。
最初、不安で反対していた村人もいましたが、利益配分を貰うことと、数千年は絶対に安全だということで納得しました。
こうして穴はどんどん活用されていきました。
大学で伝染病の研究に使われた動物の死骸。
引き取り手のない浮浪者の死躰。
その他、都会の汚物のすべてがこの穴に埋められていきました。
穴は捨てたいものは何でも引き受けてくれ、都会の住人に安心を与えてくれました。
都会は汚れなくなり、やがて空も海も澄んできたようです。
その澄んだ空に向って高いビルがどんどん建てられていきました。
時は流れ、ある日のこと。
建築中の高いビルの上で作業員が休憩していると、彼の頭の上で「おーい でてこーい」と聞こえてきます。
彼は空を見上げますが澄んだ青空が広がっているだけです。
気のせいかな? と思い、再びビルの立ち並ぶ都会のスカイラインを眺めて悦に入っている彼の横を小石がかすめて落ちていきました…
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およそ40年前に発表された星新一のショートショートの中の一話、『おーい でてこーい』のあらすじです。
このプロットが元々は何処にあるのかなんて問題ではありません。重要なのは40年以上も前に”穴の結末”が既に分かっていたということです。
この物語の登場人物はすべからず皆一様に愚かです。
利権屋も、村人も、官僚も、学者も、原発、都会の住人も。
でも…
ラストシーンで作業員は欲の象徴であるビル群にみとれて、小石が落ちてきたことに気が付きません。
如何にも滑稽です。
では現実の世界ではどうか?
小石どころか、もう既に放射能が穴から落ちてきているのに未だ気づかずにいるなんて、こんな馬鹿げた話は達人・星新一をもってしても当時は想像も出来なかったでしょう。
風刺物語の登場人物を軽く凌駕して、天才の想像を絶する程に僕たちはとても、とても愚かで滑稽だ。
<カクテル・スカイダイビング>
自分は穴を利用してこなかったとは言わない。
その代償として、今度はいつか自分が空に落ちる日がくるのだろう。
でも、その時までしっかり空をみて、耳を傾けようと思う。
穴の上に再び社を建てることができるように。
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