旅人―――
Barには時々、旅人がやってくる。
観光、仕事、放浪…地元の人ではない方々。
つい先日、旅人が月読にやって来た。お客様なのだから“お越しくださった”とか書くべきなのだろうが、ここは旅人らしく“やって来た”とさせて頂こう。
男性、それも同世代くらいか…
1杯目のジンをオンザロックで飲みながら、旅人はバックバーの棚にあるレコードを眺めている。
「この店はジャズ、ですか?」と旅人が僕に問う。
このテの質問に答えるとき、僕は他のお客様の状況や問いかけた人のタイプによって内容を変えている。
タイプAの答え
「はい、概ねジャズです」
タイプBの答え
「概ねジャズですが、時々ビートルズやカーペンターズなどをかける事もあります」
今回は店が暇で―――雨も降っていたからだと言い訳しておこう―――、この旅人も“なんとなく”そんなニオイがしたので僕はタイプCの答えを口にした。
「概ねジャズですが、時々ビートルズやカーペンターズ、キャロルキングなどをかける時もありますし、場合によっては昭和歌謡を流したりもしますよ。どちらかというと本質は“昭和歌謡Barを目指しています w ああ、あとは中島みゆきとか―――」と言いかけたとき旅人が少し声のトーンを上げて僕に聞き返してきた。
(旅人)「中島みゆきがあるのですか!?」
「ええ、最近のはないですけど、昔のは全部揃ってますよ」
(旅人)「レコードで?」
「ええ、レコードで」
(旅人)「…」
「何なら今から、かけましょうか?」
という事で、旅人が2杯目のジンをゆっくり飲んでいる間にLPを二枚ほど聴いただろうか。
ターンテーブルが止まって音が途切れた時、再び旅人が話し始めた。
(旅人)「実はですね、昨日は横浜にいたのですが偶然入った老舗のBarで中島みゆきを聴かせてもらったのですよ、それもYouTubeで w」
「老舗のBarとYouTubeと中島みゆきですか! どこにラインを結んでも全部違和感のある組み合わせですね w」と僕。
(旅人)「そうなんですよw あのう、それでですね…YouTubeの音とレコードの音を聴き比べてみたいので、昨日、横浜のBarで聴いた曲をリクエストしてもいいですか?」
「もちろん、その曲があれば、ですけど…」
*** 世の中はいつも変わっているから ***
(旅人)「あ、その前にお代わりをお願いします。何でも飲めるので最後は”お任せ“しますので何かください」
*** 頑固者だけが悲しい思いをする ***
(旅人)「やっぱりレコードの音は違いますよね!」
*** 変わらないものを何かにたとえて ***
(旅人)「この曲を聴くと思い出すんですよね、子供の頃に観てたTV番組…」
*** その度崩れちゃ そいつのせいにする ***
「ああ、“金八先生”でしょ?」
*** シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
*** 変わらない夢を 流れに求めて
*** 時の流れを止めて 変わらない夢を
*** 見たがる者たちと戦うため
そうは答えてみたものの、僕は“変わらない悪夢を見たがる者たち”の系譜と、それから、沖縄のことも思い出していた。
――― 頭の中で少し旅をした ―――
1700年初頭。
戦争でスコットランドはイングランドに併合され、ウイスキー造りはそれまでの何倍もの重税を課せられるようになった。
それに抗う人々は山深い奥地に隠れ、密造を始める。(モルトの銘柄に“グレン―谷―”がよくつけられているのはその名残だ)
そして100年以上後の1823年、ついに政府は税収がままならないために酒税法改正に踏み切り、以前のように公にウイスキーを造る事が出来るようになった。
レジスタンスの勝利だった。
ただもう一点、興味深い事もある。
この密造時代にスコッチウイスキーの最も特徴的であるピートで麦芽を乾燥させる事と、シェリー酒の空樽で寝かせて琥珀色に熟成させる事が始まっている。
暗黒の時代であってもなお人は知識や技術のスキルアップを可能とし、熟成し得ることが出来るのだという事実。
シングルモルトは“レジスタンス”、“反抗”のシンボリックな酒だと思う。
――― 旅人の3杯目のご注文。
世情を聴きながら、僕は“お任せの酒”を注ぐためにモルトの並んでいる棚に手を伸ばした。
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