☆作るのが最も難しいカクテルは何だろう?
*ーー* 気難しい王様 *ーー*
★Barでお客様からよく聞かれる質問・・・
そのうちのひとつは間違いなくこれです。
「いちばん難しいカクテルは何ですか?」
今回はこのテーマを考えたいと思うのですが、この件に関しては無論、答えが主観的になって回答する人が違えば答えも違ってくるはずです。
”何となく”か”たぶん”という答えでも駄目なので、これまでに書いてきた”おいしさの定義”に則って考えていきたいと思います。そうすればある程度は客観性があり、納得できる答えに行き着くはずですから。
★高度なカクテルの代名詞・・・
まずは世界で最も有名なカクテルを検証してみましょう。
おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるマティーニというカクテルを。
このカクテル、レシピだけで一冊の本が刊行されているくらい色々な作り方があります。
レシピ自体は単純でジンとベルモット(ハーブを漬け込んだ白ワインのリキュールと考えてください)だけ。
その他にはオリーブをカクテルピンに刺してグラスに飾ったり、”ビターズ”という、これもまた薬草系のるキュールをほんの一滴だけ落としたり、あと完成してからレモンピールを絞って微かにレモンの香り付けを行なったりします。
シェークはしません。
007のジェームスボンドなら別ですが・・・
ミキシンググラスというもので混ぜてからカクテルグラスに注いで完成です。
たった2種類の主材料をもとに100のレシピがあるといわれています。
有名バーマンは日夜これを研究し、お客様からマティーニの注文を受けると全神経を研ぎ澄ましてこれを作ります。
哲学的な世界です。美味しく作るには高度なテクニックが必要であると言われています。
ただ僕にはこの領域に達していないので(おそらく今後もずっと)、ココを語ることは出来ません。よって違うアプローチで考えます。
★定義上、不味く作ることの方が困難なカクテル・・・
まず、定義②の複雑性と③の和合性を考えます。
ジンはジュニパーベリー、コリアンダー、キャラウェイ、アンジェリカ、レモンやオレンジの果皮、シナモン、ジンジャーなどのハーブを使って香付けされています。(各社企業秘密である場合が殆どです)
ベルモットもまた白ワインをベースに様々なハーブが漬け込まれており、ジンと重複するものも少なくありません。
そしてジンはドライ(辛口)であり、ベルモットは甘口の部類に入ります。
このことからジンとベルモットは定義②③を殆んど完璧に満たしているといえます。
この好相性の二つの材料、余程どちらかの材料を極端に多くする、もしくは少なくするということがない限り、”不味く作ることの方が難しい”と言えるような相思相愛カップルなのです!!
なのにどうして”作るのが難しい高度なテクニックを要するカクテル”なのでしょう?
★パンチ・ドランカーの悲劇・・・
謎を解く答えはやはり定義①のスイートスポットにあります。
もともと、マティーニが世に出た時代はレシピがジンとイタリアン・ベルモットだったという説があります。イタリアン・ベルモットは今現在、マティーニに使われているフレンチ・ベルモット(ドライベルモット)より数段甘い褐色のベルモットです。(フレンチ・ベルモットは透明)
そればかりではなく、現在、カクテルブックにはレシピ上、ジンに対するベルモットの割合が5:1と書かれていることが多いようですが、実際にBarで作られているマティーニはもっとジンの割合が多くなっています。いわゆる『ドライ・マティーニ』というやつです。
J・ボンドも松田優作もカッコよく「マティーニ、ドライで!!」って言ってますよね。
因みにジンのアルコール度数は50度弱もあります。一般的なウイスキーより遥かに強い度数です。
ところが、昔のマティーニのレシピは1:1くらいだったと言われています。
ということは本来、マティーニのスイートスポットはその辺にある筈なのです。
ジンとベルモットの相性の良さからいって、超甘口派は1:1、辛口派は3:1くらいがおおよそのマティーニのスイートスポットで、他のカクテルのバランスよりもかなり広域にわたってスイートスポットが存在します。これは好相性の材料同士がもつ優位な特性です。
(ただ個人的には3:1かなと思います。これは他のカクテルに多く見られる黄金配合比率のひとつなのです)
こう考えるとマティーニは定義上、美味しく作るのは簡単なカクテルになってしまいます。それを難しくしてしまったのは、『おいしいを考える Ⅲ』で述べた”辛さは美味しいを凌駕する”という事が大きな理由だと思われます。
以下、順を追って考えます。
1 マティーニ(1:1)が広まる
2 非常に相性がいい組み合わせのカクテルなので、当然、人気が出る
3 多くの人に飲まれ続けているとアルコール度数の辛さ(刺激)に慣れてくる人が出現する
4 ウイスキーを水割りからロック、そしてストレートに移行していく人がいるように、激辛カレーを好きな人が、どんどん辛さに慣れて物足りなくなっていくのと同様に、マティーニもまたどんどんと辛口化の一途をたどる。
5 そしてついに刺激が甘味(旨味)をこえて求められるようになる。
6 バーテンダーはスイートスポットを遥かに過ぎ去った配合の中で、それでも少量のベルモットを効果的に使って何とか甘味(旨味)を引き出そうと切磋琢磨する。
7 お客様も同様に、刺激というアルコール度数に慣れてしまった味覚で、スイートスポット外の領域の中、アルコールのパンチを掻い潜って一粒の甘味をマティーニの中に、もしくはバーテンダーの”ウデ”の中に探そうとする。
これがマティーニを他のカクテルとは一線を画し、哲学的な世界を作り出している要因ではないかと推理した結論です。
マティーニは『カクテルの王様』と言われています。
いつの世も、王様に仕えるのは難しいようです。
☆さて、実はもうひとつ有名なカクテルで作るのが”定義上”難しいカクテルが存在します。
そのカクテルもマティーニに負けず劣らず、とても理不尽なレシピから成り立っていますが、こちらは最初から現在までスイートスポットの存在しない不思議なカクテルです。
少々長くなってしまいましたので、そのカクテルの話は次回にします。
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