B面の2曲目。
…といってもCDからしか知らない世代には何のことかピンとこないだろう。
レコードは表がA面、裏がB面といって、A面の曲が全部終わったら、一旦、針を外してレコードを裏返し、それからまた針を落としてB面に収録された曲を聴いていく。
レコードを知ってる人は何を今更…と思うかもしれない。
でも実際はかなりの人がレコードをかけてるところを見ると
「えっ!? 裏返すんですか??」
って言うのだから、そんな時代なのだ。
――― この前、釣りに行った時。
久々に一人で車を運転して、まだ朝のこない暗い湾岸線を走っていた。
車を運転するとき、たまにFMを聞くこともあるけれど、多くの場合はお気に入りのCDを数枚積んで出かける。そしてその景色や気分に見合った1枚を選んでかけていくのがいい。
これは免許を取得した当時からずっと変わらないドライブの楽しみのひとつだ。
この日は少し懐かしいCDを積んでいた。
学生の頃、好きでよく聴いていた日本のロックバンドの一枚。
もし『親友』という曖昧な定義を無理やりつくって当てはめるとするのなら、その頃によく連れ立って遊んでいたあいつはその一人になるのだろう。
あいつもこのバンドが好きで、そして十数枚ある彼らがリリースしたオリジナルアルバムの中でも、特にこの一枚をよく聴いていた。
まだレコードが主流で、CDというものが世に出はじめた頃だった。
「レコードの場合で言うとな…」
あいつがおもむろに切り出した。
「A面とB面、それぞれの一曲目とラストの曲、これが大事なんや」
ヘビースモーカーだったあいつがタバコに火をつけながら視線を100円ライターの炎に向ける。
「なんでかと言うとな、まあA面の一曲目とB面のラスト、ここに作り手が大事な曲を持ってくるのは当たり前やん? それとな、A面が終わってB面に変えるとき、一旦、間が開くやろ? この間の前後にどんな曲を持ってくるかでアルバム構成のセンスが問われるんや!」
セブンスターの煙を旨そうに吐き出しながらあいつは続ける。
「せやけどな、こんなことは誰でも分かるやろ? もっと大事なんはB面の2曲目なんや」
”お前にそれが分かるか?”というような目つきでこちらを見るので僕は答える。
「途中までのことはその通りやと思うけど、”B面の2曲目”っていうのは何や?」
パチンコで勝って豪遊する計画だったのが二人して惨敗。深夜の喫茶店で食事も出来ずにコーヒーを啜っている時間。
その日、僕はタバコさえ買えないほどに負けていて、あいつのセブンスターの箱に手を伸ばし、一本抜き取って火をつける。
ここのコーヒーの支払いも当然のことながら今夜はあいつだ。
このまえは僕だったかもしれない。
持ってる方が奢る、それが暗黙のルールだった。
あいつは話を続けた。
「あのな、アルバムのキーになる曲がA面の最初と最後、それからB面の最初と最後と合計4つあるやろう? そのうちの2曲がA面のラストとB面の最初、途中で間が開くけどここで連続してかかることになるねん?! その脂っこい後の1曲目がつまりB面の2曲目っていうことや」
言い終わって、あいつは勝ち誇った顏で自分の吐いた煙の行方を視線で追う。
「つまり、いぶし銀な一曲がB面の2曲目っていうことか? 送りバントの上手い2番バッターみたいに」
「そうや!! 通好みの一曲や」
セブンスターの味は僕には強すぎる。だからという訳ではないけど、健康のためにもっと軽いものに代えろという僕の忠告をあいつはきかない。
「でもなあ、あのアルバムのB面の2曲目ってアレやぞ? たぶんファンを100人集めてアンケートを取っても1票も入らへんくらい地味な曲やし、それにかなり異端なアレンジやし、どっちかというと通好みっていうよりも”飛び道具”みたいなもんやんか?!」
「あの曲が分からんようでは、お前もまだまだやな」
「あの曲、そんないいかぁ? お前、ぜったい変わってるわ…」
――― 海岸沿いを走りながらCDを聴く。
カーステレオは軽快に曲を流してゆき、A面からB面にあったはずの間はどこにも見つからない。
あいつは今どうしているのだろう。
最後に会ったのは何年前だったか?
これから先、あいつと”点”で会うことはあっても、”線”をともに過ごすことはもうないのだろう。
暗い空と暗い海、同じように見える闇でもそこには決して交わることのない線が引かれている。
カーステレオがかつてのB面の2曲目を流しはじめた。
あらためて耳をすましてじっくりと聴いてみる。もしかしたら昔とは何か違うかもしれないという期待を込めて。
しかして、「これが通好みの曲か?! …お前、やっぱり変わってるわ」
あの頃程ではないのだけれど、今でも少しは新しいCDを買うことがある。
時々、思い出したようにする癖があって、それは収録曲が書かれているCDケースのクレジットを見ながら、曲のリストを無理やり前半と後半に分けてしまう。
そしてそこに探し出すのだ、B面の2曲目を。
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