数日前の午後。
近所の商店街を歩きながら、あまりに暖かいので”小春日和”だなあ…と思いかけてー
ーいや、もう冬だから小春日和とはいえないなあ、と独り言を口にした。
英語では小春日和の事をインデアンサマーと言うそうだ。
冬がくる前に神様が一服してキセルを吹かし、その煙の温かさで数日間、夏のように暖かくなるのだと。
僕はこのインデアンサマーというコトバがとても好きなのだ。
それは乾いた青色を思い浮かべるから。ただそれだけで他にさしたる理由は見つからない。
インデアンジュエリーに使うトルコ石の青。もしかしたら、そんな単純な連想なのかもしれない。
僕にはもう一つ、乾いた青色を思わせるものがあるー
ーそれは歌。
テネシーワルツを聞くと何故か乾いた青色が頭の中に広がってくる。
歌詞自体は友人に恋人を紹介したら奪われてしまったという湿っぽい内容なのだけれど、曲の印象はカラッとした青が流れるみたいに聞こえてくる。少なくとも僕にはそう思える。
テネシーには…もちろん行ったことはないので景色は浮かんではこない。
テネシーワルツを聞きながら飲むのなら、やはりテネシーウイスキーのジャックダニエルか。
そう言えばこのウイスキーも乾いた味がする。
曲を聞きながら、酒を飲みながら、そして絵を見ながら、旅の思い出についても考えてみる。
それが雨の日であろうと、湿った森の中であろうと、時間がたっとその景色は乾いた色になるのは何故なんだろう。
昆虫や草花が標本箱の中でピンに留められているのと同じだろうか。
美しく哀しく乾いた青。
通勤途中のクリスマスイルミネーションを見ながら、インデアンサマーではなく、本当の春が待ち遠しい。
南の島の友人が届けてくれた来年のカレンダーを見ながら、そんな事を考えていた。
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