「ウォッカマティーニを…ステアーじゃなくシェイクで!」
有名な007、ジェームズボンドの台詞ですね。いつかはこんな風にかっこよくオーダーしてみたいものです。
ところで疑問に思ったことはありませんか?
イギリス秘密情報部員であるジェームズボンドは、なぜ自国の名産品であるロンドン・ドライ・ジンではなく、東側のウォッカを使って作るマティーニを好んだのか?…と。矛盾してるでしょう? それでなくとも西洋人は自国の文化や産物に頑ななプライドを持っているはずなのですから。
ふっと思いついたこの疑問、何度かネットで検索をかけてみたけど、明確な理由は記されてはいませんでした。
ただ興味深いことが書かれている箇所が1件だけあって、それはミステリー作家の東理夫氏いわく、007の原作者である英作家のイアン・フレミングが第1作、カジノロワイヤルで登場させたボンドマティーニ、通称”ヴェスパー”のレシピに謎を解く鍵がある、と。
〈一般的なマティーニのレシピ〉
ジン
ベルモット
この2つをステアーし、グラスに注いでオリーブを飾る…です。
〈ヴェスパーのレシピ〉
ジン
ウォッカ
キナ・リレ
この3つをシェイク、レモンピールを振りかけ落とす、です。
東理夫氏の推理はこうです。
ジン=イギリス
ウォッカ=ソビエト(ロシア)
キナ・リレ=フランス
レモン=アメリカ(カルフォルニア?)
…をシェイク。
つまり冷戦時代、その主要国を混ぜ合わすレシピにおいて、イアン・フレミングが世界平和の祈りをそこに込めたのではないか? という説なのです。
とても興味深く面白い推理で、個人的にこういうアプローチでカクテルのルーツを紐解くのは大好きなのですが、ただ残念なことに映画シリーズではウォッカはスミノフが使われています。この銘柄はロシアからフランス、アメリカ、イギリスへと買収された歴史があります。(そしてこの時代はもうアメリカ資本でした)
もし東理夫氏の推理が正しいとするなら、イアン・フレミングの意向は映画では反映されなかったことになりますね。
さてもう一人、スパイの次は名探偵です。
シャーロックホームズ、小学生の頃に1度くらいは読んだことがあるのではないでしょうか?
いくつかの有名な事件のタイトルもすぐに思い浮かぶかもしれませんね。
では、シャーロックホームズの原作(つまりコナンドイルが書いた)の最終話を知っていますか?
それは ”最後の挨拶”という短編です。
いつものような助手であるワトソンの語りでもなく、筋書きも引退していた老後のホームズに、総理大臣から依頼されて第一次大戦時のドイツ軍スパイを捕まえるという異色作品です。
作品中、読者が期待するようなホームズのそれらしい挨拶があるわけでもなく、第一次大戦でコナンドイルが息子を失った遺恨から、憎しみを込めてドイツスパイを懲らしめる話を書いたとも解釈されていて、この作品は概ね不評なようです。
ただ…スパイを捕らえた後、久しぶりに顔を合わせたホームズとワトソンは海を眺めながらこんな会話を交わしています。
「東風(こち)になるね、ワトソンくん」
(東風はイギリスで冬の前触れで忌み嫌われる。ここではホームズは”大戦への予兆”を指している)
「そんなことはなかろう。ひどく暖かいもの」
(ワトソンはホームズのメタファーに気がつかない)
「相変わらずだねえ、ワトスン君は。時代は移ってゆくけれど君はいつまでも同じだ。とはいうものの東風は来るのだ。いままでイギリスに吹いたことのない風がね。冷たく激しい風だと思うから、そのため生命を落とす人も多いことだろう。だがそれは神のおぼしめしで吹くのだ。嵐が治まったあとは、輝かしい太陽のもと、より清く、より良く、より強い国ができることだろう…」
僕は思うのです。この話は本当に遺恨なのだろうかと。この”最後の挨拶”は読者に宛てた、もっと大きな祈りに似た何かではないのだろうかと。
本質的なことは本人でなくては知る由もありません。(もしかすると本人さえも) ただ後世、本人の意思とは別のところで何かが動き、歪み、ねじ曲がってしまうことはよくある話です。先のマティーニのように。
この最終話は8月の出来事に設定されています。それはドイツが宣戦した月だから。
でも私たちは8月ではなく、次の7月にこのシーンと同じような舞台に立つことになるのでしょう。そして再びホームズが”最後の挨拶”をするはずです。
「東風(こち)になるね、諸君」
「相変わらずだねえ、諸君は。時代は移ってゆくけれど君達はいつまでも同じだ。とはいうものの東風は来るのだ。いままで吹いたことのない風がね…」
ジェームズボンドやシャーロックホームズは実在しないし、なにかあっても助けてはくれない。でも作者の思いは常にそこに在り続ける。
メッセージは誰かのもとに届くだろうか?
やるべき事をやり、あとは先人たちの祈りを信じようと思う。
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