SINCE 2004
京都の繁華街から外れた場所。
ジャズレコード、蓄音機、シーメンスのスピーカー、ビリヤード台、昭和歌謡、古書…シングルモルトをはじめとする蒸留酒とスタンダード・カクテル。
外の世界とは少しだけ時間の流れが違う場所。
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2012年5月6日日曜日
海のウイスキー
★ラフロイグというシングル・モルトウイスキーがあります。よくお客様に「一番好きなウイスキーは何?」と聞かれますが、その時の気分によって違ったり、香りのタイプが様々なので”一番好き”を答えるのは難しいですね。
★ただ「一番やさしいウイスキーはラフロイグだと思います」というと、このウイスキーを飲んだことのある方はたいてい怪訝な表情をされます。それはラフロイグというウイスキーがスコットランドのアイラ島という小さな島で造られる強烈な個性をもつウイスキーで、人によっては”ノド薬”だというような、”普通では考えられないような味と香り”がするからです。
★ラフロイグだけでなくアイラ島で作られるウイスキーの多くは(例外もあります)このノド薬のような”ヨード香”が特徴で、総称として”アイラ・モルト”と呼ばれています。(ヨード香とは、ウイスキーを造る過程や熟成の間に染み付く、自然環境がもたらす海の香りです)
★このアイラ・モルト、10人中9人は大嫌いで残り1人は大好きというかなり特殊なウイスキーですから、おそらく一般的には”優しくない”ウイスキーなはずですよね…
★話は少し飛びます。学生の頃、映画『グラン・ブルー』を観ました。この映画、僕はオープニング・シーンが大好きなのです。
★主人公の幼少時代。防波堤の上で主人公の気弱な少年(ジャン マルク バール)が浅瀬の水底にキラキラ光るコインを見つけます。そこにはガキ大将(ジャンレノ)率いる数人が居合わせていて、彼にコインを横取りされてしまいます。それを見ていた神父が自分の袂からコインを取り出し、こっそり海に投げ入れ、”あそこにもあるよ”と教えてやるのです。
★何気ない光景のシーンです。でも画面に溢れる陽の光と穏やかな翠色の海の様子がとても絵画的で、このシーンだけでちょっとしたショート・ムービーのようです。
★グラン・ブルーは実在したダイバーの物語ですが、映画の結末は当時学生だった僕には複雑でした。ストーリーの詳しくはここでは控えますが、ラスト、主人公は身ごもった恋人の静止を振り切って暗い海に深く潜っていき、そこにイルカが迎えにきて終わります。
★映画冒頭の穏やかで美しく希望の溢れる海と、エンディングの生命も簡単に飲み込んでしまい、何事もなかったように無に帰する無慈悲な包容力をもった暗く深い海。どちらもあわせて”海の優しさ”なのですね。
★ラフロイグは”優しさ”の本質を考えさせてくれます。分りやすいものだけが”優しい”ことではないし、それを理解するには”優しさを受け取る側”の資質も問われるのだと思うからです。
★海の香りのするラフロイグ、このウイスキーは何気なくただ飲んでいると、もしかしたらグランブルーのエンディングのような、暗く深い海の厳しさだけを感じてしまうのかも知れません。でも僕はこのウイスキーを飲むとき、その水底に神父の投げ入れたコインを確かに見つけるこどができるような気がするのです。
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