優しい雨

★薬屋さんのお客様がいます。人生の先輩でもあり・・・早い話が年上なのですが（５０代中頃）、ちょびっとだけ友人付き合いもさせて頂いております。

★この人、仮称をN村さんとします。N村さんの務める薬局は繁華街にあり、京都でも老舗の薬屋さんです。

★ここにちょくちょく買い物に行くのですが、何を買いに行くかというと、スタミナ・ドリンクです。毎日飲む訳ではなくて、疲れがたまって仕事に差支えが出そうなときや睡眠不足時など、それから風邪をひいてフラつくときのための常備薬です。

★このスタミナ・ドリンク、漢方系で朝鮮人参などが配合されているらしいのですが、とにかくよく効くので助かっています。　名前を『若甦』（ジャッコウ）といいます。

★たまに若甦以外のものも買いに行くのですが、そういう時はその場で”おまけ”に試供品の若甦を飲ませて頂くことも多々あります。

★ところでこのN村さん、穏やかそうに見えて結構短気です。仕事仲間と食事に行った店が混んでいて”１５分待ち”だったとき、他の人は席が空くのを待っていたのに自分はたった１５分を待つのが嫌で仲間をおいて一人だけ自宅に帰ったというエピソードもあります。本人が話していたので間違いないです。

★N村さんはもうひとつ、『雨が苦手』という特徴・・・というか弱点を持っています。飲み会や食事の約束をしていても、「雨、降ってるけど、ほんまに皆行くの？」と傘の必要のないくらいの小雨でも確認の電話がかかってきたこともありました。たぶん”確認”ではなく、本人としては「雨降りなので中止にしよう」と言いたかったのでしょうが・・・

★ある冬の日の夕方、何かしらの用事があってN村さんと電話で話をしたときです。「・・・ところで最近、奥さんは元気にしてるの？」と、N村さんが聞くので、「いや、それが一昨日くらいから風邪をひいて弱っています。仕事があるので無理して行っていますが・・・」と答えたのです。何気ない会話です。そのまま電話を切りました。

★月読の開店時間が過ぎ、何組みかのお客様を見送りました。店内に誰もいなくなってグラスを磨きながら何気なく窓から下（Bar　月読は２階にあります）の路地を見ると、暗い通りの向こうからN村さんが急ぎ足で歩いて来るのが見えました。

★外はみぞれ混じりの雨が降っています。N村さんは傘をさしながら片方の手には『若甦』と書かれた小さな紙袋を持っているのが見えました。

★人の優しさが身に沁みるのはこんなときです。