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2015年11月20日金曜日

その先はドーナツ?

その日の午後、僕は家の近くにあるローカルなショッピングモールにいた。相方(嫁さん)が出張で留守なので夕食の食材を買いに来たという理由で。

レジで支払いを済ませたあと、まっすぐ帰らずに同じショッピングモール内にあるミスタードーナツに向かった。安売りのキャンペーンをしているらしく、僕が買い物を済ませる前に通りがかったときから短い列ができていた。

ミスタードーナツは過去に何度も食品衛生管理の問題を起こしているし、酷い例では外部業者の告発を口止料を払ってもみ消し、そのまま件の商品を売り続けたのが発覚し裁判沙汰になったこともある。それなのに今もドーナツは売れ続け、キャンペーン中は行列までできるのだ。僕にはそれが不思議でならない。(そういった例はいくつもあるのだろうが、たまたまその日はミスタードーナツだった。特別に恨みがあるわけではない&今回はそういった事を話したいわけでもないのだけど、ミスタードーナツが好きだと思われるのは心外なので書いた)

そんなネガティヴなイメージをもつミスタードーナツに、何故かその日は行列にならんでみたくなった。映画にせよラーメン屋にせよ、およそ”列にならぶ”という行為が嫌いなはずなのに。とくに理由はない。あえて理由を挙げるなら”今までこういうの、ならんだ事ないよなあ。避けてきたよなあ。…もしならんで買ったりしたら何かが変わるだろうか?”と思ってしまったのだ。こういった”魔がさす”といったことはたまにあって、要するに暇だった。

10分くらいならんでドーナツを買った。(途中、ものすごく後悔して挫けそうになったが)
その帰り道につらつら考えた。今日ミスタードーナツをならんで買って食べる。何十年ぶりだろうか?その数日後、相方が出張から帰ってくるはずだ。彼女は僕の変化に気がつくだろうか?
僕は尋ねる

「何か変わったことに気がつかないか?」
たぶんそれだけではきっと分からないはずだ。オッケー、じゃあヒントをだそう。

「ドーナツ的な何かの変化だ」

「ドーナツ的変化ってなに?真ん中がなくなること?例えば後頭部の中心が薄くなってきてるとか?」

…やめよう、この変化の話は。

じつはミスタードーナツには二十歳の頃、夜中に友人達とよく行っていた。僕等の住んでいたローカルな街には大阪に続く幹線道路があって、そこは夜中でも大型の長距離トラックやタクシーが切れ間なく走っていた。

その国道の交差点の一角にミスタードーナツがあって、その店は明け方までやっていたので、度々そこが僕等の溜まり場になっていた。

そこに至るにはだいたいこういったパターンに陥る。

バイトをする⇒少ない給料をもらう⇒
パチンコで増やして豪遊しょうと目論み仲間といく⇒スッテンテンになる⇒
誰かの財布に生き残った数千円で王将に行き餃子を食べる⇒
食後、ミスタードーナツでコーヒーを飲み、ドーナツを食べながらくだらない話をして朝までいる。

”若いときには時間はあるが金はない”とよく言う。このセリフには普通、続きがあって”でも歳をとれば金はあっても時間がなくなる”と本来は続くのだ。なのに何故か”歳をとったら時間も金もなくなった”…現実はいつも辛い。



ところで友人の中にミスタードーナツに行くと決まってオールドファッションを食べるヤツがいた。彼はいつもオールドファッションを食べながら「知ってるか?オールドファッションは一見すると地味に見えるけど、実は全メニューの中でいちばんカロリーが高い!」という話を何度も繰り返した。(カロリー云々が定かかどうかは今も知らない)

じゃあ、なんでその”高カロリーなオールドファッション”をいつも食べるんだ?と僕は聞いた。
「そんなこと決まっているだろ。オールドファッションには哲学がある。他のものにはない。フレンチクルーラーは軟弱者の食べ物だし、エンゼルクリームを頼むヤツは人生の負け犬だ」と彼は言った。そのとき僕はフレンチクルーラーを齧っていた。

ある夜、いつものようにパチンコに負けて僕等はミスタードーナツにいた。傘がいらない程度に小雨が降っていた夜だ。

友人のKがダバコがなくなったので”オールドファッション”に一本分けてくれ、と頼んだ。話が一通り尽きてみんな退屈し始めていた時間帯だったのだろう。いつもなら何も言わずにタバコの箱を彼にポンと渡すのに、そのときオールドファッションはこう提案した。

「ジャンケンをしてKが勝ったらダバコを吸いたいだけ吸ってもいい。もし俺が勝ったらそこの交差点の信号が青のうちに横断歩道を兎跳びで往復して戻ってくる、どうだ?」

交差点の道幅は右折レーンを含めて片道3車線あったので結構な距離があった。数分後、Kは小雨の中で横断歩道を兎跳びで”こちら側”に戻って来ようしているのがミスタードーナツの大きな窓から見えていた。あともう少しというところで脚が縺れ、信号は赤にかわり大型トラックにクラクションを鳴らされていた。Kのドーナツの好みはエンゼルクリームだった。

あの交差点のミスタードーナツはまだあるのだろうか?彼等は今頃どうしているのだろう?もうずいぶん遠い昔の話だ。そして今日も僕はフレンチクルーラーをいちばん最初に齧っている。
ドーナツ売り場の列にならんだくらいで人生のいったい何が変わるというのか?
”フレンチクルーラーは軟弱者だ”
確かにその通りかもしれない。





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