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2016年10月20日木曜日

あなたの幸せ、おいくら万円?


この店(bar月読)はだいたいにおいて暇なことが多いので、お客様と1対1になることは珍しいことではなく、”困ったオーダー”というのは、だいたいそんなときによく受ける。

男性客の場合、オーダーはまずそう難しいものにはならない。あってもマニアックなものがほとんどで、女性客によくある”抽象的オーダー”はまずない。

ちなみにこれまであった”困ったオーダーNo.1”は、

「私、アルコール飲めないので、ソフトドリンクで。ジュースみたいに甘くなくて、炭酸がはいってなくて、ウーロン茶でないもの。あ、牛乳もキライです」

が、そうだ。

…うちはコーヒーも紅茶もおいていないので、どう考えても水しかないよな…と思いつつ、結局たまたまあった台湾のお茶のティーパックを使ったんだけど、あれ何茶だったんだろ?

あと、よくあるのは、

「私のイメージでカクテルをつくって下さい」

と、いうやつ。

意外に思われるかもしれないけれど、このオーダーはわりと対処しやすい。もともと本人も遊び心で言ってるだけなので、こちらも多少のジョークを交えるか、あとは相手が女性なら鉄板の方程式があるので大丈夫。(次に使えなくなるので、ここでネタバレはしないけどね)



さて、もっとも気を使う、それでいて割とよくある”困ったオーダー”はこういうやつだ。

カウンターの椅子に座るや否や、こちらがご注文を伺うと、

「マスターは今、幸せですか?」

は…?(マスターハシアワセデスカ、そんなカクテルあったっけ?と多少あせる)

ま、まあ、人からはどう見えてるか分かりませんが、幸せだとは思いますよ…たぶん。

「いいですねえ。じゃあ、私も幸せになるカクテル下さい」

嘘みたいな話だけど、本当にこういうパターンは何度もある。

『幸せになるカクテル』

”私のイメージカクテル”と違って、これはどこか潜在的に”本気度”が少しばかり混ざってるようでやっかいだ。つまり”遊び”で返せないので、真面目に対応するしかない。(知人なら激辛カクテルでもつくって、「シアワセはそんな甘いもんじゃねー!」と対応するのだけど)

さて…。

えーっと、あなたの考える幸せの価値は金銭に換算して幾らくらいですか?

「えー、そんなのお金で表せませんよ」

そうですよね。もし値をつけても100万とか1000万とかじゃ全然足りませんよね?

「そうですね…たぶん」

お客様と店、商品のやり取りは等価交換が原則ですから、仮にもし僕が魔法でも使えて”幸せになるカクテル”を本当に作れるとしたら、それだけの代金を頂きますけど、いいですか?w

「それは無理ですねw。 …でもよく”幸運を招く壺”とか、”幸運を呼ぶペンダント”とか売ってるじゃないですか? 幸運になるカクテルはない?」

ああ、そういうのよくありますよね。たぶんそれらを買ったら、その値段の分だけは幸せになれるかもしれませんね、プラシーボ効果で。わかりますプラシーボ?

風邪薬と思い込んでビタミン剤を飲んだら、治ったとかいう、あれです。つまり思い込が実際に作用する、というものですけど。

「じゃあ、世の中にある”幸せになる何か”みたいなのは全部偽物なんですか?」
僕はお化けも妖怪も幽霊も信じてるし、宇宙人もUFOも、ツチノコだって信じてますから、”そういうもの”がこの世の中にある、というのも信じていますよ。

「じゃあ、あるけど、この店にはないのですね?w」

まだ見たこともないですからね。

見つけたらぜひ仕入れたいですけどねえ。

ただ…

「ただ?」

かりにそんなものがあったとしても、それを本当に持ってたり、造ったりできる人は決してそれに値段をつけて売ったりはしませんよ。

「どうして? 等価交換じゃないから?」

それもあるけど、”人生とか運命みたいなものを変えてしまう、責任の重さとか怖さというものを、そういう人はよく知っているからじゃないでしょうか?

それにもし効き目が感じられなかったら怨みを抱く人も中にはいるでしょう? 買値以上の期待値をもって。

そもそもよく考えて下さい。

10万円で幸せになる壺を売ってる人も、1万円で幸せになるペンダントを売ってる人も、あなたがその人を見て、”幸せそうだ”と思えますか?

「うーん、あまり思えないかも…」

幸せじゃない人が”幸せグッズ”を売るって、矛盾しているでしょ?

いいですか、もし本当に”幸せになるモノ”があるのなら、それは売るのじゃなくて、”差し上げる”とか”譲る”ものなんですよ。

そうしてはじめて等価交換になるし、そのモノの効果が発揮されるんだと思いますよ。

「只であげたら、売るよりもっと差がひらいて、それまで以上に等価交換じゃなくなるでしょう?」

いいえ、違います。もしあなたが本当に"幸せになるグッズ”を持っていたとして、それをあなたが手放してでも”あげたい”と思う人は、きっとあなたにとって、とても大切な人でしょう?

”その人が幸せになればあなたが嬉しい”という気持ちと、その人が”(自分が)幸せになれて嬉しい”という気持ちとが限りなく等価交換になるんですよ。

さあ、そろそろご注文を伺いましょうか…

「…お金で幸せは買えないってことですか?」



お金で買える幸せもあると思いますよ。”良い、悪い”でなくて、物欲が満たされると幸福感があるでしょう。もちろん僕にもあります。でも、”幸せになるグッズ”が本当にあるなら、それはお金で買える類のものではない、ということですね。

「お金で買える幸せと、そうでない幸せはどう違うのですか?」



地球一周が何kmあるか知ってます?

「…わかりません。1万kmくらいですか?」

約4万kmらしいですよ。

「長いんですね…」

つまり世界でいちばん遠い場所は4万km先にあります。あなたにとっても、北極のエスキモーにとっても、上野の西郷さんにとっても、それはみんな同じ距離です。

でも地球一周するんだから、その場所はあなたの背中でもあるんですよ。

つまり世界でいちばん遠い場所と近い場所は同じなんです。メーテルリンクの青い鳥みたいな話になりますけど…

「お金で幸せを買おうとすると、幸運は4万km先に遠ざかる?」

そう考えても構いませんが、僕の言いたいのは少し違います。

”物質的な幸せを追い求める”ということは、”4万km先の場所”という具体的な数字…つまりリアルな目標が出来るということです。

だからといって簡単にクリアできる目標じゃないでしょ?世界一周なんて。

「確かに。私なら聞いただけで諦めますね」

そういう人も多いでしょうし、トライしても途中で脱落する人もいっぱいいるでしょうね。前途多難なイバラの道です。

「でも確かに数字なら実感しやすいですよね。私の幸せまであと3万5千km!…やっぱり遠いなあ。w」

逆にお金で買えない、もしくは換算できない幸せというのは、いちばん近い場所の背中にある。そもそも気がつきにくいし、そこにあると分かっても見えないし、さわれない。でも知ってさえいれば常にあなたと共に”在る”。

いちばん近い場所の幸せは手にふれることはできないけど、いちばん遠い場所の幸せも、そこに向かって歩けば歩くほど途中で気がつくんですよ…結局、進んだぶんだけ背中も移動するから、そこには永遠に届かないんだって。

「なんだ、結局、お金で買える幸せはよくないって話になりますよね」

そうではありませんよ。さっきも言ったように、どちらかが”良い、悪い”の話ではないんです。

今の世の中で、”概念(背中)の幸せ”だけで満足できる人はそうはいないでしょうし、それこそ出家でもしないとね。

それより、いちばん遠い場所と近い場所を把握しつつ、バランス感覚を養って、自分はいったい何を求めていて、それをどこで帳尻合わせするかが大事なんじゃないですか?

「じゃあ、私はどうしたらいいと思います?」

…まずドリンクのオーダーをされては如何でしょうか?w

「あ、そうですね、すっかり忘れてました。…じゃあ、私のイメージで何かカクテルをつくって下さい」

…うっ、二段攻撃できましたか⁈

「え? なんですか?」

いえ、こちらの話ですよ。

アルコール、強くても大丈夫ですか?

「はい。たぶん・・・」



ではカクテルはアラウンド・ザ・ワールド(世界一周)にしましょうか。




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