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2017年2月1日水曜日

折れた煙草は吸えません

クレタ人はいつも嘘をつく。


クレタ人である預言者がいいました。


「クレタ人はいつも嘘をつく悪い獣だ・・・」と。



『嘘つきパラドクス』の一節。   (実際はパラドクスではない)


誰かが「自分は嘘をついている」という。さて、それは本当のことを言っているのか、そもそも、それが嘘なのか?





“嘘つき“といえば有名なナゾナゾもある。

旅人のあなたは分かれ道にやってきた。 片方は正直村に、もう片方は嘘つき村へと続いている。正直村の住人は必ず正直な答えを言うが、嘘つき村の住人は必ず嘘の答えを言う。旅人は正直村に行きたいのだが、どちらの道が正しいのかを知らない。 そこに村人がやってきた。この村人はどちらの住人かはわからない。

旅人はこの村人に一回だけ質問をすることができる。はたしてその一度の質問で旅人は正直村に行く道を知ることができるだろうか?

答えは――――――― 。







もうけっこう長いつきあいになる小説家の友人(女性)がいる。世の中に”小説家”というものを生業にしている人が、いったい何人くらいいるのかは知らないが、たぶん珍しい部類にはいる友人なのだろうと思う。

まだ彼女が小説家ではなかった頃、もとは月読のお客様だったのだけど、彼女とは妙にウマがあったのだ。

理由はわかっている。僕が会話というキャッチボールを誰かとするとき、ときどき野球のボールではなく、何か変わったボールを投げてしまい、相手を不快にさせたり、もしくは退屈させたりしてしまうみたいで、でもその友人は僕と同じ種類のボールを投げるのが好きで、グローブも僕よりずっと大きなものを持っていたからだ。まあ俗にいう“メンドクサイ会話”が二人とも好きなのだ。

それで“店と客”だけではなく、たまにお互いの夫婦を家に招いて食事をしたりするようになった。





作家になってから、彼女は律儀にも新刊が出るたびに月読に届けてくれていて、たまに作品の中に月読の風景をそっと登場させてくれたりもしている。(もちろん屋号は出ていない)それは店の窓から見える電柱だったりするのだけれど、もしかしたら僕の思いすごしも多分にあるのかもしれない。



あるときはこんなこともあった。

「マスター、今度の本にこの前、マスターが言ってたセリフを使わせてもらいました」と。

この前っていつだ…? いったい僕はどんなことを彼女に言ったのか? 訊いたけど教えてはくれなくて、「探してみてください」という。

ハラハラしながらそのセリフを探したが、さっぱり覚えていないので結局わからないままだ。






そんなことが色々ありつつ、昨年末、彼女が新刊をもってきてくれた。それは何人もの小説家の作品が載っている月刊誌だった。

「今回はエッセイで短いですけどね。あと、少しだけ月読のことを書かせてもらいました。事後報告でごめんなさい」と彼女がいう。

内容は彼女の自伝的なもので、月読が載っているとはいっても、読者にわかるほどのこともなく、ほとんど”通行人A”みたいな感じで、わざわざ断りを入れなければならないようなものではなかった。それどころか作品に少しでも使ってもらえるのはありがたいことだと思う。

その時間、お客様は彼女しかいなかったので、僕はカウンターの中で立ったまま、その月刊誌をパラパラと流し読みをした。月読がどんな風に登場しているのかを知りたかったからだ。本題である彼女の自伝的な部分は、読まなくても”もう知っていること”だった。たった2ページに凝縮された半生は、今まで彼女と話した時間に比べるとずいぶんと短い。

さっと読み流し、彼女のほうを見ると、「“ここ”(私の目の前)で読まないで下さい」と珍しく照れくさそうな顔をした。それが“小説“であるときはそんな表情はけっして見せないのだろうけど、自分自身について書いたエッセイは、はやり彼女でも―――つまりプロの作家でも恥ずかしいものなのだろうか?

僕がそう思ったのを感じ取ったのかどうかわからないが、すぐそのあとで彼女が付け加えるみたいにこういった。

「作家は嘘つきですから」


もともと彼女の瞳は猫のようだと思っていた――――が、少し光った気がした。

嘘つきですから 

嘘つきですから

嘘つきですから…

僕の頭の中で、そのセリフが繰り返し繰り返し、妙に印象に残った。




エッセイに書かれていた内容は、今までに彼女の口から聞いて知っていたものと相違はなかった。嘘ではない。

では、いったいなにが嘘なのだろう。


「嘘つきですから」 ――― 嘘つきの嘘は真実か? 


「嘘つきですから」 ――― 正直村に行くにはどちら?




僕はナゾナゾの答え、正直村への行き方を知っている。だけど彼女のいった“嘘“について辿り着く方法を知らない。でもそれでいいのだ。

たぶん「バーテンダーも作家に負けず劣らず、かなりの嘘つきなのだから」。






ところで、意外なことにカクテルの名前に“嘘つき”(ライアー)とか“正直”(オネスティー)とかいうネーミングのものはない。個人の店などで創作されたものはあるかも知れないけど、スタンダードカクテルにはない…ありそうなのにね。

だからなにかのカクテルを“嘘”にこじつけて紹介しようかとも思ったけれど、やっぱりやめておくことにした。

だって僕は正直村の住人だから ――― さて、このウソ…






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