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2012年7月3日火曜日

百年の孤独

★”百年の孤独”という焼酎があります。名前はガルシア・マルケスの同名小説から。★月読がBARなのにこの焼酎を常設しているのはやはり美味しいと思うからです。それも海外の蒸留酒と並べてもまったく遜色ないくらいに。★ネーミングと箱書きのセンス、味、全てを吟味して日本の焼酎が海外の蒸留酒と競うことになったとき、やはり代表の一番手は”百年の孤独”をおいて他にないと思います。(いろいろご意見はあるとは思いますが、これは私の主観です)


★”百年の孤独”という焼酎はまず味よりも名前に惹かれました。当時、ガルシア・マルケスが誰かさえ知らなかったので、小説に照らし合わせた訳ではありません。”百年の孤独”というフレーズから、ただ蝉を思い出したのです。

★幼い頃、夏休みの数日間は必ず田舎の祖父母の家にいっていました。その祖母から「蝉は生まれてから10年くらい、じっと土の中に暮らしていて、やっと大人になって明るい空を飛べるようになっても、たった一週間で死んでしまうんやで。だから可哀想なことはしたらあかんのや」と言われていました。★小さな男の子はみんな昆虫が好きですからね。当時、いろんなムシを捕まえては籠に入れていました。それを見た祖母が何気なく言ったのだったと思いますが、子供心に「10年も暗い土の中に一人でいたら淋しいやろうなあ」と思ったのを覚えています。


★夏休みの楽しみのひとつは”夏祭り”があることです。お面や綿菓子、リンゴ飴、もちろん大好きでした。それらとは別に必ず買う”玩具”がありました。それは”昆虫採集セット”です。クレヨンの箱ほどの大きさの入れ物に注射器がひとつと取り替用の針がふたつ付いていて、あと小さなプラスチィックの容器にミドリとピンクの色をした防腐剤がひとつずつ入っていました。

★毎年、必ず買うのですが一度も使ったことはありませんでした。この少年は気が弱かったので祖母に言われるまでもなく、虫に注射して殺すことは怖くてできませんでした。もっとも昆虫採集セットを買うときから使うつもりなどは全くなく、綺麗なミドリとピンクの色をした薬が入っている箱を持っているのが楽しかっただけなのです。

★祖父母の家には縁側があったので、祭りの次の日は縁側に寝転びながら昨日の夜店の”戦利品”を眺めるのが常でした。毎年、毎年、使わない昆虫採集セットを眺めている孫(つまり私)を見ていた祖母がある年、捕虫網をもって一人で裏山に出かけて行きました。祖母が帰ってくると手には虫籠があり、その中には数匹の蝉が閉じ込められていました。

★「これ使ってやってみ」と蝉の入った籠を渡されたのですが、困ってしまったのは”少年”です。祖母はきっと自分が蝉について説話をしたので、孫に”昆虫標本を作りたいのに我慢させている”と勘違いしたのでしょう。★少年はただ”秘密の薬”を持っていたかっただけだし、いざ注射器を使えと言われても、針を刺すことなんて怖くてできません。

★結局あれこれしている間に祖母は夕飯を作りに台所に向かい、その隙に虫籠に閉じ込められていた蝉は全部逃がしてしまいました。そして食事の時間がきて再び顔を合わすのですが、祖母は蝉のことも昆虫採集のことにも一切触れようとはしませんでした。


★蝉を逃がしたことについて、今なら祖母がどんな風に思っていたかは想像ができます。でも小さく気の弱かった少年には、せっかく祖母が一人で自分のために裏山に登って蝉を採ってきてくれたのに、逃がしてしまったことはひどく祖母をガッカリさせて傷つけたのではないかという悔恨の思いでいっぱいでした。

★その後何年たっても祖母にはあの時のことを聞くことはありませんでした。何となく小さな罪悪感を抱えたまま少年はいつしか大人になり、夏祭りに行くこともなく、そして去年、祖母も他界してしまいました。★あの時、祖母は何を思っていたのでしょうか? 答えが”解っている”のと実際に”聞いた”のでは、たとえ同じ答えであったとしても、その意味の重さが違うこともあります。

「ねえ、おばあちゃん、あの時、がっかりした? 悲しかった?」

聞きたくて聞けなかった言葉。
聞きたかった答えは胸の中にあります。


★焼酎”百年の孤独”の箱書きにはジャズ・ミュージシャンのエリック・ドルフィーのセリフが添えられています。

~When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again.~
「音楽を聴き終えたとき、それは空に消えてゆき、もう再び取り戻すことはできない」

今年、まだ蝉の鳴き声は聞こえてきてはいません。




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